会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船でイギリスからニュージーランドに向かったが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。事実は小説より奇なり。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』から、「すぐ絶望する人と絶対あきらめない人を残酷に分断する、たった1つの違い」についてライターの小川晶子氏が特別レポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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未来は現在の結果?
運命について、考えたことがあるだろうか。
私は普段、「未来の出来事や人生の行く末があらかじめ決まっている」とは思っていない。現在の行動の結果が未来をつくるのであり、行動を変えれば未来も変わる。
もちろん人間の力ではどうにもできないこともあり、単純ではない。現在の行動の結果と、さまざまな偶然とが混ざり合って未来ができる。そんなイメージだ。
おそらく、多くの人が同じような考え方をしているのではないかと思う。
しかし、「運命が決まっている」と信じることで救われたり、強くなれたりすることがあるようだ。
極限を生き抜いた夫婦の悲哀を描いた傑作ノンフィクション『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)を読んでそう強く感じた。
対照的な考え方のふたり
太平洋で遭難し、救命ラフトとゴムボートで漂流することになった夫モーリスと妻マラリンのふたりは、運命に対する考え方がまったく違った。
モーリスの考え方は、私の普段の考え方に近い。
この状況の結末は二つある。生き延びるか、死ぬか。どちらになるかは、この先の出来事によって決まるだろう。
――『極限の漂流118日間』より
生き延びようと頑張ることはできるが、それ以外のことはなるようにしかならないと考えている。未来はこれまでの行動の結果と偶然とが混ざり合ってできるものでしかないのだ。
こうした考え方のモーリスは悲観的で、すぐに絶望してしまう。
一方、マラリンは違う。
マラリンは神を信じてはいないものの、すべてのことに意味があると信じていた。
すべては偶然ではなく必然であり、今回の苦難にも意味がある。同時に「何かをやり遂げようと強く願ったら、多くの場合、その決意によって目標は達成される」とも思っていた。
――『極限の漂流118日間』より
こうした考え方のマラリンは楽観的で、決してあきらめない。
遠くに見える船に気づいてもらえず、通り過ぎてしまったときも、「あの船は私たちを救うように運命付けられていなかった」けれど、「私たちは生きるように運命付けられている」と語る。絶望しているモーリスを励まし続けるのである。
モーリスに自分を投影しながら読んでいる私は、マラリンの強さ、明るさに驚嘆し、魅了された。
運命を信じて、運命を切り拓いた
マラリンのあきらめない心が、ふたりを生かした。
118日間にもわたる過酷な漂流から、奇跡の生還をとげることができたのだ。
よい結果になる運命を信じ、あきらめず、最大限の努力をする。
思うような結果が得られなかったときも、「そういう運命ではなかった」と思って切り替え、次の行動をする。
それこそが「運命を切り拓く」ということなのかもしれない。








