長年、仕事をしていると、「肩書きがなくても評価される人」と「肩書きがあっても評価されない人」がいる。その差はどこにあるんだろう? 角幡唯介氏が「漂流者だけが知る、あらゆる人間性がはぎとられた先にある生き物としての生。それに圧倒される」と絶賛している『極限の漂流118日間』。本書をもとにライター照宮遼子氏がレポートする「肩書きがなくても十二分に評価される人の共通点」とは?(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)
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過去を話すほどむなしくなる面接
以前、海外での仕事を辞め、日本に戻って仕事を探していた。
面接や新しく知り合った人との会話で、「これまでどんなことをしてきたんですか」と聞かれることが何度もあった。
過去の仕事を順番に話せばいい。わかっていても、その質問が来るたびに居心地が悪くなった。話せる材料はいくつもあったが、どれも昔の話だ。自分のことを話しているはずなのに、どこか他人事のように感じた。
肩書きがなくても評価される人の特徴
突如、太平洋で遭難した夫妻が極限状況を味わった実話『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)には、船を失ったあとも、自分たちを船員として扱おうとする場面がある。
(中略)
船の乗組員にとって、当直は最も重要な仕事だ。
ある意味で船員を象徴する仕事とも言える。(中略)
この仕事を放棄することは、船を放棄することに近い。
――『極限の漂流118日間』より
悪天候と体調不良が続き、ふたりの体力は限界に近づいていたが、当直はやめなかった。船を失っても、その仕事を残すことで、ふたりはまだ船員であろうとしていた。
肩書きや居場所がなくなると、人は自分を支えていたよりどころを失いやすい。
それまで自分の一部だったものが、急に遠く感じられてしまうからだ。
そのとき、自分が何者かを示すものが何もなくなったように感じることがある。
何かを失ったあと、人はすぐに次へ移れるわけではない。
前と同じではいられないのに、次にどう進めばいいのかもまだ見えない。
そういう時間は、外から見ればただの空白に見えるかもしれない。
本書はただの漂流記ではない。
極限状態で命をつなぐ行動だけでなく、大きなものを失ったあとに、何を残そうとするのかが描かれている。
自分を支えていたものがなくなり、今の自分を頼りなく感じている人も多いはずだ。
そんな人たちに、本書は自分を見失わずにいる視点を教えてくれるかもしれない。








