会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに自作した船で航海に出た夫婦。だが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できる全米ベストセラー『極限の漂流118日間』をもとに、「極限状況の人間の行動」についてライター照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

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外では見せない自分を見られたくない

 私は外で人と会うのは楽しい。誰かと食事に行くのも、出かけるのも嫌いではない。
 けれど、「家に遊びに行ってもいい?」と言われると、急に返事に詰まってしまう。
 部屋が散らかっているわけではない。でも、家に人を入れるとなると、なぜかためらってしまうのだ。

 外で会うときの自分はある程度つくれるが、家の中では無防備だ。
 外では出さない自分まで見られる気がして、なにか急に落ち着かなくなる。

土壇場でも自分を隠す人、さらけ出せる人

 イギリスの女流作家、ソフィー・エルムハーストのデビュー作『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)には、漂流生活が3週間を過ぎたころ、妻のマラリンが夫のモーリスに自分の外見を尋ねるシーンが描かれている。

よくも悪くも自分で見えないところはパートナーに言ってもらうのがいちばんである。
相手のほうが、真実がよく見えるはずだ。
すくなくとも、一人であれこれ妄想して事実を歪めるよりはいい。

――『極限の漂流118日間』より

 このころ、ふたりの身体は目に見えて衰えていた。
 食料は残り少なく、顔や脚にも変化が出ていた。
 モーリスは、マラリンの顔がやつれていることを正直に認めた。

 弱った姿を見られるのは心地よいことではない。
 自分でも変化に気づいているならなおさらだ。
 それでもこの場面では、見られたくない姿を避けるのではなく、相手の言葉を通して現実を受け止めている。相手の言葉が、今の状態を確かめる手がかりになるのだ。

よそ行きの顔で、人と関わってきた人へ

 人との関係は、楽しい時間だけで成り立つわけではない。
 いい状態の自分を見せている間は、関係の深さまではわからないことがある。
 弱っているときの自分を見せられるかどうかで、その相手との近さは変わってくる。

 本書には、危機をどう乗り越えたかだけでなく、普段なら見せずにすむ弱った姿まで、相手に見せながら過ごす時間も記録されている。つい人と距離を取ってしまう人にも多くの気づきがあるかもしれない。