突如、太平洋で漂流しても生き延びる人と、死んでしまう人。その運命を分ける差はどこにあるのか?
ある日突然、会社を辞め、家を売り、無線機も持たずに航海に出た夫婦。自作した船で出港したが、ガラパゴス沖で突如クジラに襲撃され海に投げ出された。118日間、生死をさまよう最上級のスリルと人生模様を堪能できると話題の全米ベストセラー『極限の漂流118日間』をもとに、「海の上で生きのびた人の深い教え」についてライター照宮遼子氏がレポートする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

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昨日と変わらない日々

 毎日、やるべきことはこなしている。
 それでも、昨日とほとんど変わらない一日が続くと、今の時間に意味があるのかわからなくなることがある。

 仕事を終えても、翌日にはまた同じ作業が待っている。
 そんな毎日の中で、誰かが結果を出したり、新しいことを始めたりする姿を見ると、自分だけが同じ場所に残されているように感じる。
 自分なりに進んでいるはずなのに、その実感を持てないことが焦りにつながっていく。

 変化のない一日は、なぜこれほど無駄な時間に見えてしまうのだろうか。

成果が見えない時間に、人は何を続けられるのか

「波の数ほどの絶望を切り裂いていくと世界最大のシーフードレストランがあった」と椎名誠氏が評した『極限の漂流118日間』(ソフィー・エルムハースト著/村井章子訳)には、カナリア諸島からカリブ海へ向かった24日間の暮らしも記されている。

二四日間の航海は、太陽の定めるリズムに従っていた。
夜明けとともに朝食をとり、食べ終わったら仕事にかかる。(中略)
二四日の間、ふたりはほとんど何も目にしなかった。例外はトビウオと、それからイルカの群れだけである。

――『極限の漂流118日間』より

 朝は船の仕事をして、暑い午後は休む。
 日が暮れれば夜の備えを整え、交代で当直に立つ。
 ふたりはそんな生活を繰り返しながら、大西洋を横断した。

 周囲の景色はほとんど変わらなくても、船の位置は一日ごとに着実に変わっている。
 目に見える変化の少なさと、実際に進んだ距離は必ずしも同じではない。

積み重ねた時間を否定しないために

 結果が出ない時期が続くと、今のやり方を変えるべきか、ここでやめるべきかと考えてしまう。
 しかし、その日の手応えだけで、続けてきた時間の価値まで決めることはできない。
 あとから振り返って初めて、その一日も次の場所へ進むために必要だったとわかることがある。

 本書を読み、今日だけを見て、ここまで続けてきた時間まで否定しないための視点を得た。思うような結果が出ず、自分の進み方に疑いが出たときに読み直したいと思った。