コカ・コーラも、コンサルティングファームも、最初から社会に必要とされていたわけではない。新しい商品やサービスが定着するには、単に質が高いだけでは足りず、人々の「ものの見方」そのものが変わる必要がある。では、新しい概念はどのように生まれ、どう「当たり前」になっていくのか。『概念シフト』の著者・永山晋氏が、佐宗邦威氏とともに、その仕組みについて語る。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・肱岡彩)

コカ・コーラ、コンサル…新規性や質だけでは定着しない。「新しい常識」のつくられ方Photo: Adobe Stock

コカ・コーラの歴史から見えた「概念が変わる瞬間」

佐宗邦威(以下、佐宗):『概念シフト』には、さまざまな事例が出てきますよね。なかでもコカ・コーラの話は印象的でした。

 僕自身、コカ・コーラと仕事をさせていただいたこともありますし、同社のウェブサイトで歴史を読んだこともあります。ただ、本に書かれているような背景までは、一つの統合されたストーリーとして知りませんでした。

永山晋(以下、永山):コカ・コーラの歴史は、掘っていくとかなり複雑なんですよね。創業期の話もそうですし、軍との関わりなども出てきます。

佐宗:特におもしろかったのが、急速な工業化が進む社会のなかで「神経衰弱」が新しい病として広がっていった、という時代背景です。

 そうした状況のなかで、アルコール(ハードドリンク)ではない飲料として「ソフトドリンク」という新しいカテゴリーが生まれていった。つまり、コカ・コーラは製品そのものの新しさや品質だけによって広がったわけではない。社会の変化によって新しいニーズが生まれ、それまでとは違う飲み物の意味やカテゴリーが形づくられていったわけですよね。

 これを読んでいると、今のAI時代にも、当時とは違うかたちの「神経衰弱」のようなものが生まれているのかもしれないと思いました。

 だとすれば、そこから新しいニーズが生まれ、それに応える商品やサービスもこれから出てくるのかもしれない。飲み物かどうかはわかりませんが、そんなことを想像しながら読んでいました。

永山:コンサルティング業界もそうですよね。今では多くの人が当たり前のように知っていて、就職先としても人気があります。でも、「そもそもこの業界がどう成立してきたのか」と聞かれると、意外と知られていない。

 コンサルティングファームが定着したことで、経営戦略とは誰がつくるものなのか、というイメージも変わりました。「自社だけで策定するもの」から、「外部の専門家と協働して策定するもの」へと概念がシフトしたわけです。

 けれど、そこに至るまでには、会計会社や銀行が無料で行っていた「経営者への企業経営助言」が行われなくなっていったことや、ビジネススクールの登場など、さまざまな社会的背景が影響しています。

佐宗:確かに、ある商品やサービスがなぜ生まれ、どのように社会に定着していったのかを、時代背景まで含めて捉える機会はあまりないですよね。

 現在のマッキンゼーの礎を築いたマービン・バウワーの著書なども読んだことはありましたが、業界そのものの成立を長い時間軸で見ることは、それほど多くありません。

永山:AI時代も、まさにそうなのかもしれません。

 今起きていることを見ていると、「まさかこれが、将来こんなものになるのか」という変化が、これからたくさん出てくるはずです。

 そうした変化は、起きている最中にはなかなか全体像が見えません。ある程度長い時間が経たないと気づけない。でも振り返ってみると、「言われてみれば、確かにこうなるよね」と思える。

『概念シフト』では、そうやって新しい「当たり前」が生まれていく過程を描きたかったんです。

「概念シフト」の4段階は、最初からあったわけではない

佐宗:本の中心にある「概念シフト」には、4段階のフレームワークが提示されていますよね。これは最初からあったんですか。

永山:いえ、最初はなかったですね。いろいろな分野にバラバラに存在していた知見を、どうすれば一つの枠組みで説明できるのかを考えていきました。

 そこで大きなヒントになったのが、神経科学などで議論されている「能動的推論」という生物の情報処理のモデルです。。

 人や生物が周囲の環境をどう捉え、そこから何を知覚し、どう行動し、その結果をどう学習するのか。そうした一連の意思決定や情報処理を、統一的に説明しようとする考え方です。

 それを概念シフトに応用できる形に簡略化しながら、「この枠組みですべてをカバーできれば、概念が変化する仕組みも説明できるのではないか」と考えました。

佐宗:つまり、それがフレームワークの原点なんですね。

永山:そうです。本では、概念が変化していく際に必要な要素をいくつかに分けて説明していますが、その切り分けにも、能動的推論の考え方をベースにしています。

 この理論は、本来数式を多く用いるのですが、そのまま本に出しても、多くの読者は「うっ」となってしまいますよね(笑)。なので、数式そのものについてはほとんど触れていません。

イノベーションもウェルビーイングも、根底には「ものの見方の変化」がある

佐宗:そもそも永山さんは、かなり以前から「概念が変わる」というテーマに強い関心を持っていたんですか。

永山:もともとは、創造性やイノベーションの研究をしていました。今も続けています。その後、ウェルビーイングの研究もするようになりました。

 そうやって複数のテーマを扱っていると、結局どれも「ものの見方が変わること」と深く関係していると感じるようになったんです。

 イノベーションもそうですし、創造性も、ウェルビーイングもそうです。そこに共通しているのは、それまでとは違う見方が生まれることで、人の認識や行動が変わるということです。

 そう考えると、「人のものの見方をどう変えるのか」という問題は、単にマーケティングの一分野ではない。

 経営で変化を起こすことも、商品を売ることも、社会の価値観を変えていくことも、根底には共通するメカニズムがあるのではないかと思ったんです。

 だから、経営学だけに閉じるのではなく、いろいろな分野の知見を融合させて書いたら、おもしろいものになるのではないかと考えました。

 最初から「概念シフト」というテーマ一本に強い思い入れがあったというより、さまざまな研究を続けてきた結果、自然とここに行き着いたところがあります。

 一方で、「これは自分だからこそまとめられるテーマかもしれない」とも思いました。それで、なんとか一冊の本にしたという感じです。

マーケティングも経営も芸術も、「概念を変える」という点ではつながっている

永山:マーケティング、政策、経営、あるいは芸術作品。普通は、それぞれまったく別のものとして考えますよね。

 でも僕は、実は全部つながっているのではないかと思っています。人々の「ものの見方」が変わり、その結果として行動が変わり、やがて社会まで変わっていく。その構造は、かなり共通しているんじゃないかと。

佐宗:僕はこれまで、マーケターやイノベーターを支援する仕事をしてきたので、この本も最初はそういう立場から読んでいました。

 ただ、確かにこのテーマは、マーケターやイノベーター以外の人にとっても、「自分に関係する話だ」と感じられる可能性がありますよね。

永山:世の中の「当たり前」を塗り替える「概念シフト」を意図的に仕掛ける人は、実際にはかなり限られていると思います。

 でも、私たちは日常的に、誰かが起こした概念シフトのなかで生きています。

 いま自分たちが「当たり前」だと思っているものも、最初から当たり前だったわけではありません。かつて誰かが別の見方を提示し、それが少しずつ広がった結果かもしれない。

 そして私たち自身も、新しい商品を受け入れたり、新しい言葉を使ったり、新しい行動を選んだりすることで、その変化の一部になっています。

 そういう意味では、概念シフトを仕掛ける立場でなくても、誰もがその変化と無関係ではありません。多くの人に、この本を自分にも関係するものとして読んでもらえるのではないかと思っています。

佐宗邦威
イリノイ工科大学デザイン研究科修了。
P&Gマーケティング部ブランドマネージャーを経て、ソニークリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立上げる。
戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。多くの企業・自治体や組織のイノベーション支援と、企業理念の策定と実装の実績多数。
著書『直感と論理をつなぐ思考法』『理念経営2.0』(ダイヤモンド社)、他多数。