かつて山は「美しいもの」ではなく、「地球のイボ」のように醜いものと考えられていた。ところが、人々の価値観や常識は、ある時から少しずつ塗り替わっていく。こうした「なめらかな変化」をどう捉えれば、新たな市場や需要の兆しを見つけられるのか。書籍『概念シフト』の「はじめに」から、そのヒントを紹介する。

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「概念シフト」というなめらかな変化

 スマートフォンは、現代を生きる私たちにとって、単なる通信機器ではない。生活のあらゆる場面に入り込んだ、「常に持ち運ぶ生活インフラ」のような存在だ。

 では、2007年にiPhone (アイフォーン)が発表された当初、私たちは現在の姿をどれほど想像できただろうか。

 当時のiPhoneは、多くの人にとって、「携帯電話」のイメージの延長線上にあるデバイスだったはずだ。音楽プレイヤーとしても使え、大きなタッチスクリーンと指による直感的なインターフェースによって操作は快適になった。いわば、当時の不便や課題を解決する新しい携帯電話として受け止められていた。

 やがて類似商品が登場し、アプリが増え、無線ネットワークが整備され、SNSが日常化していく。その過程で「スマートフォン」という言葉が浸透し、いつしかそれは「電話」ではなく、「生活の基盤」のような存在へと変わっていった。この変化は徐々に起こった。しかし振り返ると、当初は予見していなかったほど大きな変化になっている。

 この事例の興味深い点は、iPhone登場時に人々が抱いていたイメージと、現在スマートフォンに抱いているイメージが、まるで異なることだ。おそらくiPhone登場前に、未来では多くの人が小さな画面でSNSや動画に熱中し、買い物をし、道順を調べ、仕事までこなすようになると説明しても、理解できないだろう。

 特定の対象に対する既存のイメージが、新しいイメージへと塗り替わり、現実の捉え方が大きく変化する現象を、ここでは「概念シフト」と呼ぶ。

 概念シフトは、劇的な変革のイメージとは逆に、人々が無理なく、自然に受け入れることができる「なめらかな変化」を伴う場合が多い。一定の時間は要するものの、気づけば大きな変化となり、人々は「新しい当たり前」を受け入れ、「過去の当たり前」に大きな違和感を覚えるようになる。

 普段意識することはないかもしれないが、iPhone誕生のような歴史に刻まれそうなイベントだけでなく、概念シフトのなめらかな変化を私たちは日常的に体験している。

 身近なのはファッションだ。「おしゃれとみなされる靴下の丈」が頻繁に変わると同時に、少し前のファッションを時代遅れに感じるという経験は誰しもあるだろう。

「ダイバーシティ」という言葉が社会に浸透し、会議室やシンポジウムの登壇者に中年男性しかいない状態に対して、強い違和感を覚えるようになった人も多いだろう。

 概念が塗り替わることによって、「あるべき靴下の丈」のように、良し悪しの基準や望ましい行動も変化し、ビジネスの競争環境も気づけば大きく変化する可能性がある。

 派手な変革とは異なり、概念シフトのなめらかな変化は、水面下で起こり、予兆をつかみづらいし、予測もしにくい。しかし、私たちが望まなくとも、いつの間にか訪れる。

 だからこそ、私たちは、このなめらかな概念のシフトが起こる原理を知り、かすかな予兆をつかみ、これを促し、活用する発想を持つことが重要だ。

世界は概念でつくられる

 では、概念のシフトはどのように生み出されるのだろうか。この仕組みを知るためには、頭の中でものごとをイメージする「知覚の原理」を知ることが鍵となる。

 私たちが見ている世界は、目の前の現実そのものではなく、脳が過去の経験などをもとに予測した「主観的世界」だ[※1]。

 例えば、あなたが街を歩いている時、目に入ってくるのは無数の光の情報だ。脳はそれを「車」「人」「建物」といった意味のある対象として瞬時に認識する。これは、脳が過去の経験から学習した「車とはこういうものだ」という予測を使って、情報を解釈しているからである。

 仮想現実や拡張現実の技術を使わずとも、人は自身の予測した世界に生きているといえる。古くはギリシャ哲学の時代から議論されてきたことだ。

 では、この世界に関する予測はどこからくるのか。それは、私たちが経験を通じて学習した対象に関するイメージ、つまり「概念」からである。

 例えば、大自然の中で雄大にそびえる山々に対しどのようなイメージを抱くだろうか。「崇高」「美しい」といったイメージを抱くかもしれない。しかし、17世紀までのヨーロッパの一部では山は美しいものというイメージではなく、むしろ神が創造した地球の完全性を損なう「地球のイボ」のような醜いものというイメージだったという[※2]。醜いイメージから崇高なイメージにどのように変わったのだろうか。

 山のイメージが大きく変化した一因として、アルプスを安全に越えることができる山道や旅行環境の整備が挙げられる。こうした環境が整うことで、まずは貴族の間で娯楽としての山への旅が行われるようになり、山を楽しむ人々が現れた。その結果、いつしか「山は美しい」というイメージがつくられるようになった。

 新しい価値の浸透や行動変容には、人々の概念の変化を伴う。そのため、概念の変化の仕組みを理解することで、結果的に有効なイノベーションの創出や、マーケティング施策の考案につながるだろう。

 もう一度山の例で考えてみよう。従来の発想だと「魅力的な旅行を企画する」場合、醜悪なイメージがある山はそもそも旅行の対象にならない。しかし、まったく新しい需要・市場をつくるために、山のイメージを転換させ、新しい価値を引き出すことに着目したならば、これまでとは異なるアプローチができる。地球のイボという山のイメージに対し「安全な道」という「道具」を提供することで、安心して楽しみながら山を越えるという行動とそれに伴う新しい体験が生まれ、やがて山の楽しみ方や美しさに気づくという発想である。

 大きな変化は、必ずしも劇的に始まるわけではない。だからこそ、目の前の変化だけでなく、その背後で人々の「ものの見方」がどう変わりつつあるのかに目を向けることが、新しい需要や市場の芽を見つける手がかりになるだろう。

注1 アニル・セス(2022)『なぜ私は私であるのか:神経科学が解き明かした意識の謎』青土社(岸本寛史訳)。
注2 大平英樹(2020)「意味と感情の予測的処理:中山論文へのコメント」『心理学評論』63(1), 44-54.