リクルートワークス研究所の研究員・アナリストとして、高齢期の就労や賃金の動向を研究してきた坂本貴志さん。新刊『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』は、定年後の「お金」と「キャリア」をデータで解き明かしたうえで、19職種100の仕事を紹介している。今回のテーマは、お金。老後資金が続く人と続かない人は、どこで分かれるのか。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

【ビートたけしのTVタックル出演で話題!】定年後に「お金がなくなる人」の共通点とは?Photo: Adobe Stock

「老後2000万円」を見ているうちは、不安は消えない

――定年後、お金がなくなってしまう人には共通点がありますか。

坂本貴志(以下、坂本):ひと言でいえば、「ストックばかり見て、フローを作っていない」人です。

老後資金を語るとき、多くの人は貯蓄(ストック)に注目します。「老後2000万円問題」はその典型です。総務省の「家計調査」によると、60代・70代の純貯蓄額――貯蓄から負債を引いた額の平均値は約2000万円。平均値は極端に高い層に引っ張られるので、より多くの人に当てはまる中央値で見ると約1500万円です。

――よく目安として使われる数字ですね。

坂本:ただ、同じデータを見ていくと、60代と70代で純貯蓄額があまり変わらないんです。つまり、多くの世帯は貯金をほとんど取り崩さずに生活している。

自分が何歳まで生きるかは、誰にもわかりません。60歳まで生きた人に限れば、男性は83.68歳、女性は88.91歳まで生きることが予想されます。残された寿命が長く、しかもいつまでかわからない。だから、老後に備えて貯め込んできたものの、怖くて使えないという人が非常に多いのです。

家計は毎月「3~7万円の赤字」になる

――フロー、つまり毎月の収入はどう考えればいいのでしょう。

坂本:意外なことに、毎月の「収入」と「支出」がいくらになるかを把握している人は少ないんです。

まず支出から見ましょう。2人以上世帯の総支出額は、50~59歳で月56.4万円とピークを打った後、60代前半から後半にかけて大幅に減り、75歳以降は27万円まで下がります。65~74歳では月平均33.4万円です。

――ずいぶん減りますね。

坂本:最も減少幅が大きいのは「税・社会保険料」です。50代で月平均14.4万円だったものが、60代後半には3.9万円になる。所得税や住民税、医療の保険料がゼロまたは大幅減となり、年金保険料も払う側から受け取る側に回りますから。50代に負担の大きかった教育費も、60代後半にはゼロに転じます。

一方、収入のほうは、65~74歳の無職世帯で月平均26.5万円、75歳以降で23.8万円。つまり、65歳で年金暮らしになると、月の収支は約3~7万円の赤字になります。

年金は「平均23万円」だが、平均に当てはまる人は少ない

――年金でどこまで賄えるのでしょうか。

坂本:モデル世帯の支給額は、2024年で約23万円です。ただ、このモデル世帯は「妻が専業主婦、夫は会社員で継続的に厚生年金保険を支払っている家庭」を指しています。

分布で見ると、景色が変わります。正社員中心で働いていた男性は1人あたり月20万円ほどもらえる層が最も多い。ところが自営業中心で働いてきた人は、約半数が月4~8万円程度です。女性は、正社員中心で働いていた場合でも月10万円程度にとどまります。

――同じ「23万円」を前提に計画すると危ない。

坂本:危ないです。自営業は、農業などを典型として長く働けることが前提の制度設計になっている。定年制のあるサラリーマンと違って、定年後のフローが保証される仕組みにはなっていないんです。

加えて、名目額は物価上昇に伴って増えていますが、実質の年金支給額は2010年代から減少傾向にあり、長期的にも減っていくと見られています。

自分がいくらもらえるかは、ねんきん定期便や厚生労働省の公的年金シミュレーターで確認できます。これからの働き方を決める前に、まずここを見てほしい。

もうひとつの分かれ目は「60代半ばの住居費」

――お金が続かない人の、もうひとつの共通点は。

坂本:60代半ばになっても、住居費が重く残っていることです。

データを見ると、住宅・土地のための負債は40代で約1300万円あったものが、50代で643万円、60代で163万円まで減っています。70歳以上の92.4%が持ち家です。多くの人が、しっかり働けるうちに住宅ローンの大半を返済する選択をしている。

賃貸の場合は、寿命が続く限り家賃が毎月発生します。だからこそ、いざという時のために貯蓄を常に多く残しておく必要が出てくる。持ち家であれば、人生における住居に関する支出が概ね確定するので、将来の不確実性を減らせます。

――「持ち家か賃貸か」の正解、ということではなく。

坂本:どちらかひとつに正解が定まる性質の問題ではありません。ただ、定年後の家計の「収支」という一点で見れば、60代半ばまでに住居費を限りなく少ない状態にしておくことが望ましい。世帯人数が減る定年後に、広い家から小さな家へ住み替えることも、積極的に考えていいと思います。

埋めるべき赤字は「1人月10万円」

――結局、いくら稼げばいいのでしょう。

坂本:本書では、1人あたり「月10万円を無理なく稼ぐ」ことを定年後の仕事のベンチマークにしています。夫婦ともに働くなら、世帯で月20万円程度をひとつの目標に。

先ほどの月3~7万円の赤字は、これで埋まります。年金が少なくても生活できますし、年金を受け取っているのであれば、貯蓄を積み増しながら暮らすこともできる。

――貯金が数百万円でも。

坂本:毎月定期的に入ってくる収入さえしっかりあれば、日々の生活には困りませんし、多額の貯金は必ずしも必要ありません。高齢期は現役世代と比べて支出が大きく減りますから、健康状態が悪化するまでの期間、毎月小さく稼ぎ続けることができれば問題ないと考えています。

――ほかに、フローを増やす手立ては。

坂本:年金の繰下げ受給です。1カ月繰り下げるごとに0.7%ずつ増え、70歳まで繰り下げれば42%の増額になります。仕事からの収入や預貯金を日々の支出に優先的に充て、年金は後に取っておく。健康状態が悪化して働けなくなった、いざというときに向けてフローを厚く確保しておく発想です。

お金がなくなる人と、そうでない人。分かれ目は貯蓄額そのものではなく、「毎月いくら入ってくる形を作れているか」なんです。

坂本貴志(さかもと・たかし)
リクルートワークス研究所研究員・アナリスト
1985年生まれ。一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。研究領域はマクロ経済分析、労働経済、財政・社会保障。近年は高齢期の就労、賃金の動向などの研究テーマに取り組んでいる。著書に『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』のほか、『ほんとうの定年後「小さな仕事」が日本社会を救う』『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(共に、講談社現代新書)などがある。