相手を指差すスーツ姿の男性写真はイメージです Photo:PIXTA

「住民の訴えだから、どんな言い方でも受け止めるべき」なのか――。カスハラ対策が進む一方、行政の現場では、正当な不満と行き過ぎた言動の線引きが難しい。住民にも役所にも事情があるとき、怒りの矛先はなぜ窓口の職員に向かうのか。行政特有の「責任のジレンマ」から考える。※本稿は、大阪経済大学国際共創学部准教授の山谷清秀『クレームvs公務員――「住民の声」というジレンマ』(筑摩書房)の一部を抜粋・編集したものです。

「クレームは宝の山」で
片づけられない時代になった

「コンビニに救急車があった。隊員が菓子やジュースを買って食べていた。勤務中にサボっているのか?」

「隣の家の木が生い茂って落ち葉がひどい。市役所がどうにかしてくれ」

「保育園の子どもの声がうるさい。税金をもらっているんだから、お前らでなんとかしろ」

 SNSなどでも話題にのぼる、公務員への「トンデモ」クレームがあります。市長が悪事を働いたとマスメディアで取り上げられようものなら、

「オタクの市長はいったい何を考えているのだ」

 といった電話が一日中かかってきて、本来業務がまったくできなくなります。

 こうしたクレーム対応による負担や被害への注目が、これまでにないほど集まっています。

 かつて「クレームは宝の山」と言われてきました。多くの仕事において、クレームを受けるのは日常です。むしろ顧客の声を聞いて、より良いサービスが提供できるよう改善すべきだと誰もが思っています。さらに役所においては、住民の意見を聴くのは、単により良いサービスのためではなく、住民の意見を行政に反映させるという民主主義の根本的な考えに基づいています。したがって、民間企業よりも一段と「住民の意見を聴くこと」は大切だと言われてきました。その裏側で、個々の職員の負担は「当然のこと」とされ、ほとんど可視化されてきませんでした。