可愛らしくて微笑ましいが、笑いのレベルはさほどでもない。でもかえって、それがよかったのである。
そのビデオクリップは、「あのくらいのビデオならうちにもあるかも」「あの程度なら我が家も撮ってみよう」と視聴者に思ってもらえるきっかけとなったようだ。
応募作品は回を追うごとに増えていき、ついに2カ月くらい経ったころ、母親の呼び声にカメラに向かって走ってきた子どもが、アップになったタイミングでくしゃみをし鼻水がドッと出るという、革命的に面白いビデオが来る。
すっかり人気になったこの「おもしろビデオコーナー」は、年に1度「加トちゃんケンちゃんおもしろビデオ祭り」というスペシャルを組めるほどになった。
なによりも、いくつものクリップのハプニングシーンを音楽に乗せて編集でつないだVTRは、番組の名物となり日本中の爆笑を誘った。
気がつけば家庭にビデオカメラを持つことは当たり前となっていた。番組にハンディカム1号機を100台、無償で提供してくれたSONYの厚意が実を結んだのだ。
番組のコーナーが話題になればなるほど投稿も増え、投稿が増えればクオリティも上がるという好循環が始まった。
志村けんのアイデアから
世界進出→YouTube誕生へ
そして番組開始から3年後の1989年、このコーナーのコンセプトを元にした番組「アメリカズ・ファニエスト・ホームビデオ」が、アメリカ4大ネットワークのひとつであるABCでスタートする。
番組の企画を海外の放送局などに売るビジネスはフォーマット販売といわれるが、「アメリカズ・ファニエスト・ホームビデオ」は2026年現在でもネットワーク史上最長の番組として放送されており、TBSテレビとのフォーマット契約も更新し続けている。
「アメリカズ・ファニエスト・ホームビデオ」を皮切りに、世界中で素人が撮った面白ビデオを扱った番組が立ち上がる。アメリカのABCテレビには、世界中からビデオクリップが集まるようになった。
30分番組時代の「さんまのからくりTV」の海外ビデオは、それら世界中から集まったビデオクリップを、ABCから逆輸入したものだった。当然、TBSの独占契約だ。
『ドリフターズと全員集合から学んだ流儀』(園田 憲、ポプラ社)
そしてついにおもしろビデオコーナーが誕生しておよそ20年後の2005年、ビデオクリップをインターネット上で共有するプラットフォームが生まれる。YouTubeの誕生である。
その後YouTubeは2006年にGoogleにおよそ16億ドルで買収され、現在Googleに次ぐ世界第2位のプラットフォームとして成長している。
1985年のTBS、Gリハーサル室で「素人が撮ったビデオを募集して、紹介するコーナー」をやりたいと言った志村さんのアイディアは、やがて全米ネットワークで採用されることになった。
その後インターネットが台頭し一般的なものになった頃、動画投稿の舞台もネットに移るのは、今考えれば自然の流れであっただろう。







