「わかりました。ちょっと考えましょう」

 そもそもドリフが面白がることを提供していくのが、全員集合からの方針だった。それに、高橋Pが嫌いなのは「できません」という言葉。志村さんが言っている以上、なんとか形にするのがスタッフの力なのだ。

 以降は、後で聞いた話である。

 世の中の人がビデオカメラを持っていないなら、番組から貸し出せばいいと思った高橋P。折しもSONYがハンディカムの1号機を発売したばかり。

 しかし、価格は十万以上と高かった。高橋Pの交渉に、対応したSONYの担当者S氏との間には、こんなやりとりがあったという。

「他のスポンサーがいるので、“SONYのハンディカム”とは番組内では言えません。でも、このビデオカメラを貸します!と視聴者に告知はできます。100台買うので、なんとか安くしていただけませんか」

 高橋の申し出に、SONYのS氏は難色を示し、こう答えた。「100台安く、ですか……ちょっとそれは難しいです」「……」

「でも……タダならいいですよ」

 SONY担当者S氏の粋な対応で、無償でビデオカメラを提供してもらうことになり、それを希望する視聴者に貸し出すことにした。番組の最後には、「面白ビデオ大募集~!」という加藤さんと志村さんによる、カメラ貸出しとビデオ募集コメントを流すことも、決まっていった。

日本中を爆笑させた
「おもしろビデオコーナー」

 こうして、番組冒頭の「探偵ドラマ」に続き、新企画「おもしろビデオコーナー」が生まれた。のちにこの企画が世界を席巻することは、この時は誰も想像していない。

 1986年1月にスタートした「おもしろビデオコーナー」最初の優秀作品は、幼稚園の学芸会でステージ上に健気に踊る子ども達の隅っこで、ひとりだけ全く踊らない子どもを撮ったもの。

 実はこのコーナーの立ち上げ時は、ビデオ集めに苦戦した。このビデオはスタッフの友人が自分の子どもを撮影したものを引っ張り出して投稿してもらったものだったのだ。