収入も生活も、決して悪くない。むしろ十分に恵まれているはずなのに、なぜか満たされない――。そんな感覚を抱いたことはないだろうか。実は、私たちの幸福度や満足度は「自分がどれだけ持っているか」だけでは決まらない。人間が無意識にやっていることについて『すべて本能のせい』から紹介する。(ダイヤモンド社書籍編集局)

首を傾げる女性Photo: Adobe Stock

「十分なはずなのに満たされない」のはなぜ?

給料が上がった。仕事でも評価されている。生活に困っているわけでもない。

客観的に見れば十分に恵まれているはずなのに、「自分はまだまだだ」と感じてしまうことがある。

そのきっかけは、案外些細なものだ。

久しぶりに会った友人が自分よりずっと高い給料をもらっていたり、SNSを開いたら同世代の人が華々しく活躍していたり、同期が自分より先に昇進したと聞いたりする。
それまで特に不満を感じていなかったはずなのに、誰かの状況を知った途端、自分の生活が急に物足りなく見えてしまう。

「人と比べても仕方がない」
頭ではそう分かっていても、なかなかやめることはできない。

それは、単に嫉妬深いからでも、競争心が強いからでもない。

なぜ人間は「他人と自分」を比べずにはいられないのか

人間には、そもそも自分を単独で評価するのではなく、周囲との関係のなかで自分の立ち位置を捉えようとする仕組みがある。

つまり、「他人より上に行きたい」と積極的に競争していなくても、私たちは無意識のうちに周囲を基準にして自分自身を評価してしまうのだ。

では、私たちの満足感は「他人との比較」によって、どのように変わるのだろうか。

『すべて本能のせい』では下記のように説明されている。

私たちには、他人と競い合っていないときでも、無意識のうちに「自分は周りの中でどの位置にいるんだろう」と他人との位置関係で自分の価値を測ってしまうという生物学的な仕組みがあります。
つまり、「他人に勝とうとする行動」そのものではなく、自分の立ち位置がどこなのか気になって仕方がないという認知の仕組みです。
私たちは日常のあらゆる場面で、他人と自分を比べながら世界を理解しています。
たとえば同じ収入であっても、周りの人より低いと感じれば不満が生まれ、逆に周りより高いと感じれば満足感が高まります。
会社でも、同期の方が昇進が早いと落ち着かなくなってしまうこともあります。
本来であれば十分に満たされている状況であっても、私たちの幸福度や満足度は、絶対的な数字ではなく、周りと比べた「相対的な数字」に大きく左右されてしまうのです。

「自分は恵まれている」と分かっていても苦しくなる理由

ここで重要なのは、私たちが気にしているのは、必ずしも「絶対的な豊かさ」ではないということだ。

たとえば、自分の収入が以前より増えていたとしても、周囲の収入がそれ以上に増えていれば、「自分は少ない」と感じることがある。

反対に、収入の絶対額が変わっていなくても、「周囲と比べれば恵まれている」と認識すれば、満足感を得ることもある。

つまり私たちは、「自分が何を持っているか」だけではなく、「周囲と比べて、自分はどこにいるのか」という相対的な位置まで含めて、自分の状況を判断しているのだ。
だからこそ、「十分恵まれているのだから満足しなければ」と自分に言い聞かせても、それだけでは割り切れないことがある。

「人と比べない」が難しいのには理由がある

もちろん、他人との比較によって自分の現在地を知ること自体が、悪いわけではない。

周囲を見ることで、自分に足りないものに気づいたり、「自分も頑張ろう」と行動するきっかけになったりすることもある。
一方で、比較する相手や基準が変わり続ければ、「ここまで来れば満足できる」と思っていた場所にたどり着いても、また新しい誰かが気になってしまう。

「人と比べるのをやめよう」と思っても、つい比べてしまう。
そんな自分を責める前に、人間にはそもそも周囲との関係から自分の立ち位置を把握しようとする仕組みがあることを知っておく。
それだけでも、「なぜ自分は満たされないのだろう」という悩みの見え方は、少し変わるかもしれない。