自宅に帰っても心が休まらず、睡眠の質が落ちたり常に不安を感じたりする背景には、私たちの社会構造と深く結びついた「身体の仕組み」が関係している。かつては命を守るために欠かせなかった防衛システムが、なぜ現代社会において慢性的な不調やうつ病の増加を引き起こしてしまうのか。脳内で起きているオン・オフの切り替えの異変を『すべて本能のせい』から紐解く。(ダイヤモンド社書籍編集局)

パソコンの前で天を仰いていでるスーツを着た女性Photo: Adobe Stock

日常生活と社会全体に広がる「慢性的な緊張状態」

いまの時代、ストレスは一時的なものではなく、ずっと続くものへと変化し始めています。
私たちの日常でいえば、仕事のプレッシャーや人間関係の不安をそのまま自宅に持ち帰り、物理的には安全な環境にいても常に気が張った状態が続いてしまう。
そんな経験はないでしょうか?

スマホのメールやチャット、通知に反応し続けることで、休息すべき時間であっても交感神経の活動が高いままとなり、睡眠の質が低下してしまう。
いわば危険がない時間でも身体が戦闘モードのままになっている状態です。

これは社会全体でも似たような現象が広がっています。

リモートワークが普及し、いつでも仕事と繋がれる労働環境。
半年や一年の売り上げなど短期的な成果を強く求める評価制度。
ニュースやSNSを通じて、スマホから24時間流れ込んでくる不安な情報。

これらによって、社会全体が慢性的な緊張状態に置かれています。
その結果、生産性の低下やメンタル不調の増加、さらには失敗を恐れて過度に保守的でリスク回避的な判断が増えるといった影響が表れているのです。

実際、うつ病は世界的に増加傾向にあります。
世界保健機関の推計では、世界で三億人以上がうつ病を抱えているとされているほどです。
これは単なる「個人の心が弱い」という問題ではありません。
社会の構造と密接に結びついた現象なのです。

脳と身体を繋ぐ「ストレス応答」のメカニズム

この問題の背景には、脳や身体が持つ「ストレス応答」の仕組みがあります。
このシステムは、「HPA軸(視床下部―下垂体―副腎系)」という脳と身体をまたぐ神経内分泌系のネットワークが司っています。
私たちが危険を感知すると、まず交感神経が身体を緊急対応モードに切り替えます。
同時に脳の視床下部も反応し、このネットワークを通じてストレスホルモンの分泌を促します。
この一連の反応によって、身体は危険に備えた状態になります。
心拍数や血圧が上昇し、注意力は高まり、筋肉への血流も増加するのです。

生存の進化史

進化の歴史を振り返ると、この仕組みは命を守るために極めて合理的でした。
目の前に猛獣など急な危険が現れたとき、迅速に対応し、生存確率を高めるためにつくられているからです。
そして重要なのは、このストレス応答は本来「短期的にオンになり、危険が去ればオフになる」ことを前提としている点です。

ところが現代では、このオンとオフの切り替えがうまく機能しなくなっています。
これは、ストレスの性質が昔といまで変化したためです。
かつてのストレスは、「目の前の猛獣から逃げ切ったら終わり」というような物理的で明確な終わりを持つものでした。
しかし、現代で私たちが受けるストレスは曖昧でいつ終わるのかがわかりません。
「周りからの評価への不安」「将来は大丈夫なのかといった不確実性」「学校や職場での人間関係の緊張」。
これらには明確な終わりがなく、長期間にわたって持続します。

その結果、ストレス応答を司る脳内ネットワークが慢性的に活性化され続け、ストレスホルモンの分泌が慢性的に高い状態になるといった異常事態が起きやすくなってしまうのです。