「あのとき、やめておけばよかった」。あとになって振り返ると、そう思うことがある。冷静に考えればやめたほうがいいとわかっていたのに、なぜ決断できなかったのか。私たちの脳にある、未来にとって最善の選択よりも「これまで費やしてきたもの」に引っ張られてしまう仕組みを『すべて本能のせい』から伝える。(ダイヤモンド社書籍編集局・菱沼美咲)
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「ここまで頑張ったんだから」と続けてしまう
「ここまで時間をかけたんだから、今さらやめるのはもったいない」
そう考えて、何かを続けた経験はないだろうか。
長い時間をかけて取り組んできた仕事、何年も勉強してきた資格、すでにかなりのお金をつぎ込んだ趣味。
本当はもう続ける必要がないと思っていても、それまで費やしてきた時間やお金、努力が大きいほど、途中でやめることは難しくなる。
「せっかくここまでやったのだから」
「ここでやめたら、今までの努力が無駄になってしまう」
そんな思いが頭をよぎるからだ。
しかし、これから先も続ける価値があるかどうかと、過去にどれだけの時間やお金を費やしてきたかは、本来別の問題だ。
すでに支払ってしまい、どんな選択をしても取り戻すことのできない費用や時間、労力は「サンクコスト(埋没費用)」と呼ばれる。
それでも私たちは、過去に費やしたものを簡単には切り離せない。
なぜなのだろうか。
「やめたら無駄になる」と感じるのはなぜ?
実は、「ここまでやったのだから、やめられない」という感覚には、私たちの脳の仕組みが関係している。
人間の脳は何かを決断するとき、これから得られるメリットだけを見ているわけではない。
それまで何を経験し、どれだけのコストをかけてきたのかという「過去」も、判断材料として使っているのだ。
『すべて本能のせい』では、その仕組みについて次のように説明されている。
このプロセスには、脳の奥深くにある「基底核」、特に「線条体」と呼ばれる場所が関わっており、ドーパミンによる学習メカニズムが重要な役割を果たしています。
ドーパミンは、事前の期待と実際の現実とのギャップ(報酬予測誤差)に応じて分泌され、脳に新しい行動を学ばせます。
しかし、このシステムは常に未来だけを見据えているわけではなく、どうしても過去にどれだけコストを注ぎ込んできたかという「履歴」に引っ張られてしまう性質があるのです。
また、脳の「前帯状皮質」は、何かを決めるときにコストと利益のバランスを評価しています。
これまで積み上げてきた努力や資源を大切なコストとして認識するため、それを途中で「無駄にする」ことに対して、脳内に強い不快感を生み出すのです。
他にも、不安や恐怖を司る「扁桃体」や「島皮質」の働きによって、私たちは「損を確定させる行動」に対して強い心理的苦痛を感じ、それを本能的に避けようとしてしまいます。
脳は「損を確定すること」を嫌がる
つまり、「やめる」という決断が難しいのは、単に決断力がないからとは限らない。
何かをやめることによって、それまで費やしてきた時間やお金、努力が「無駄になった」と確定してしまう。そのこと自体に、私たちの脳は強い不快感を覚える。
だからこそ、「このまま続けても仕方がない」と頭ではわかっていても、あと一回、もう少しだけ、と続けてしまうことがある。
過去にかけたコストが大きければ大きいほど、手放すことは難しくなる。
しかし、過去に費やした時間やお金は、これから続けても、やめても戻ってこない。
大切なのは、「これまでどれだけ費やしたか」ではなく、「これから先も続ける価値があるか」という視点だ。
「続けたい」のか、「無駄にしたくない」のか
もちろん、簡単に諦めず、努力を続けることで結果につながることもある。
だから、何かを長く続けること自体が悪いわけではない。
ただ、やめるか続けるかで迷ったときには、一度考えてみてもいいかもしれない。
「自分は本当に、これからも続けたいのか」
それとも、
「これまでの努力を無駄にしたくないから、やめられないのか」
この二つは似ているようで、大きく違う。
未来のために決断しているつもりでも、実は過去に費やしたものに判断を引っ張られていることがある。
「あのとき、やめておけばよかった」とあとから後悔しないためにも、過去にかけたコストと、これから得られるものを分けて考えることが大切なのだ。



