自分の常識は必ずしも他人には通用しない。部下の意欲の違いが理解できないリーダーは、精神的に追い詰められ強迫性障害を患うこともある。しかし、「鬱は自分が自分を追い込む病気だ」と気づき、マインドセットを転換できれば「人それぞれ許容できるリスク量は異なり、他人は変えられない」と受け入れられるかもしれない。仕事観のアップデートと柔軟な認知の転換がメンタルヘルスの克服に繋がる可能性を示している。本村哲也氏の著書『アメリカに訴えられた男 エリート外資系銀行員が嵌められた罠。そして奈落からの復活』(ダイヤモンド社)から、その事例を探る。

部下を持ったことで心身に異変を抱えた管理職の、ストレス克服法ベスト1Photo: Adobe Stock

部下を持ったことで心身が不調に

 本村は育った家庭環境のおかげで「疲れた」と口にしたことが一度もなかった。家族が誰も「疲れた」と言わない環境で育ったため、それが当たり前だと思っていたのだ。トレーダーとして成功したい、銀行で成功したいという思いが常に勝っていた。24時間やり続けることがただ楽しく、成功することこそが自分にとって最大の喜びだと信じて疑わなかったのだ。

 しかし29歳のとき、初めて部下を持つと状況が少しずつ変わってきた。それまでは自分の仕事を頑張ってパフォーマンスを出せばいい、一人のプレーヤーに過ぎなかった。人の2倍、3倍努力すればそれだけ結果が出る。単純に量をこなすことで差別化を図ってきたのだ。

 ところが部下を持つ立場になり、チームのパフォーマンスを上げなければいけなくなった。自分の「ボリューム作戦」を全員ができるわけではないという現実に直面したのだ。そもそも部下たちとはモチベーションの高さが違う。ガッツに欠ける部下たちのことを、本村は理解することができなかった。自分の努力ではコントロールできない結果にコミットせざるを得なくなったのだ。

 人のやる気はコントロールできない。大きなボーナスやさらなるチャンスといったインセンティブがあっても、それに対する欲は人それぞれ違う。同じ条件でものすごく頑張る人がいれば、そうでもない人もいる。チームのために心を砕き、自分のパフォーマンスを削って時間を割いても、それがプラスに感じられなかったり、いい迷惑だったりすることもある。感謝されるどころか、「自分のペースでやりたいんです」と本村の提案を拒否する部下さえもいた。

 やがてその心労は、本村の身体に異変をもたらした。ある朝、出勤してデスクにつくと猛烈な吐き気に襲われ、あわててトイレに駆け込んだ。原因は自分でもわからなかった。そんな日が毎日繰り返された。

 家の鍵を開けようと鍵穴に挿し込もうとするが、震えが止まらず挿さらない。財布をなくしたと思い込み慌てて探し回るものの、目の届く範囲に置かれているのに気がつかない――。本村の心と身体はすでにボロボロになっていた。このままでは命に関わると、30歳になってついに医師の診断を受けることになった。病名は「強迫性障害」。いわゆる鬱(うつ)のような状態だった。

 病院で薬をもらったが、あまり効いているようには思えなかった。インターネットや本で情報を収集し、鬱とはどういう状態なのか、どういう事例があるのかを徹底的に調べた。当時は周りにも鬱になっている友人が少なくなかった。自分より症状がひどい人を見ると、自分はまだましに見える。鬱で入院した人の話を聞きに行ったり、その人がかかっている医師のもとへ一緒に話を聞きに行ったりもした。

 調べていくうちにわかってきたのは、鬱とは結局「自分が自分を追い込む病気」ではないかということだった。ならば自分の考え方を変えることで抜け出せるのではないかと考えたのだ。プレーヤーからマネジメントに仕事が変わって悩む人が多いということもわかった。