アメリカという巨大国家から、一人の日本人ビジネスマンが訴えられる。そんなことが実際に起こりうるのだろうか。しかし当時年収1億円を超えるエリート外資系銀行員だった本村哲也氏は、不正金融取引の疑いでアメリカ司法省から訴追請求を受けた。銀行をクビになり、再就職もままならず、国際手配の恐怖に怯える日々。その疑いが晴れるまでに実に10年の月日を要した。『アメリカに訴えられた男/エリート外資系銀行員が嵌められた罠。そして奈落からの復活』(ダイヤモンド社)を上梓した本村哲也氏の独占インタビュー。(取材/亀井史夫・ダイヤモンド社)
撮影/小島真也
オーストラリアの同僚がアメリカへ送還されたとき「終わった」と思った
――『アメリカに訴えられた男』の見本ができました。ご覧になっていかがですか。
本村哲也(以下、本村):いいですね。不思議だな、こうやって出てくるって。すごく不思議ですね。紙の質も良い。
――カバーの写真はあえて後ろ姿にしました。顔出しはしばらく難しそうですか。
本村:どうなんですかね。今はけっこう講演をやってくれという依頼があったりするので。積極的に売っていくのかどうかは別として、完全に隠す必要も無いのかなと思ってはいます。
――本を出したいという気持ちは、そもそもあったんですよね。
本村:なぜ出したいかというと、訴追中にブルームバーグに記事を載せられてしまって、二次被害が凄くあったんですね。その二次被害を消すために「無実だ」ということを広めたいのが一番大きな理由で。実際問題、今も不動産賃貸の物件が借りられないとか、そういった二次被害が残ってるんですよ。
――まだあるんですか。
本村:ありますね。何が起こってどうだったかというのをいちいち言葉で説明しきれないので、本が出ていればさすがに「そうなんだ」となりますよね。家族や親しい人にもそんなに細かいことを喋ってないので、理解してもらう良いきっかけになるかなというのはあります。
――最初、企画を提案いただいた時は全然違う企画でしたよね。でも本村さんの経歴を見て、「この人の経歴はめちゃくちゃ面白い。波乱万丈の人生を振り返ったノンフィクションにしましょう」と私から逆提案しました。
本村:私からすると何が本になるのかといった視点が全く分からないので、そもそも「私のことなんか面白いの?」という感じだったから、未だに不思議な気持ちですけどね。
――アメリカに訴追されたと初めて聞いた時はびっくりしました?
本村:頭の中が真っ白ですよね。まさか自分が訴追されるとは全然思っていなかったので。イギリスの弁護士からも「本村さんは大丈夫、カテゴリーBだから」と言われていた。そもそも何もやってないんだから。「ちゃんと調べてね、そうしたら分かるよ」と思っていましたね。
――一番辛かったのは、どんな時期ですか?
本村:ジワジワ感じる辛さと衝撃の辛さの2種類ありました。ジワジワきついのは、(疑惑の記事が出てしまったことで)不動産が借りられないとかクレジットカードが作れないとか、銀行の借り入れが急に止まったりしたことですね。何かの話が進んでいるのに突然「実は難しいです」となることが度々あった。カーシェアサービスで自分のポルシェを貸す登録をしたら与信審査に落ちて。「車を提供してお金もらうのもダメなの?」という。
――貸す方が落ちるってわけがわからないですね。
本村:わからないですよね。そうなっても理由を開示してくれないですよ。不動産購入も何回も落ちましたし、銀行の融資もそうだし、理由を教えてくれないから気持ち悪い。無実を証明させてもらう機会すらもらえないんですよ。そういうのがずっと続いていたので、未だに朝方に「ひょっとして?」という怖さが襲ってくることがあります。「昨日楽しかったことは全部嘘でした」となるトラウマがあって。未だに警察やパトカーを見るとドキドキしますね。それがジワジワくる嫌さですね。衝撃的な嫌さで言ったら、オーストラリアの同僚が捕まってアメリカに送還された時は「マジで終わったな」と思いました。アメリカ政府がオーストラリア政府に要求して送還させているわけだから、日本政府にも同じことをやってくれば当然日本も出すよなと思いました。そこが衝撃度で言ったら一番ですね。
――そうなったらもう何言っても多分聞いてもらえない感じになっちゃいますもんね。国家権力だから、恐ろしいですよね。
本村:結果的にそのオーストラリアの同僚は3ヶ月くらいで釈放されたんですけど、まさか他国に送られちゃうんだと。
――でもアメリカは訴追請求してから10年間、特にこれといって動きは無かったわけですよね。それが不思議ですよね。
本村:最初から政治ショーなので「訴えたぞ」というポーズだけで良かったんでしょう。訴えたことをプレスを呼んで発表するのに、うちの弁護士には連絡も来ないみたいな。今思えば「アメリカに損害を与えていた悪い奴を訴えたぞ」というアメリカ国民に対するポーズで、最初からやる気は無かったということなんですけど、当時は当然分からないのでね。
――23年に訴追取り下げの知らせが来て、もうこれで大丈夫だと思いました?
本村:本にも書いたんですけど全然実感が無くて、信用してないですからね。「本当かよ」みたいな。1年後にようやく無事海外に行けて「あ、なんか終わったんだな」とは思ったけど。イギリスのロンドンに行ったとき昔の銀行の同僚に会おうかなと思ったんですけど、「まあいいや」と思ったんですよね。何となくもう昔のことになってたから。10年経ってだいぶ風化してた部分があったので。海外に行くことができる自分に戻ったんだけど、10年前に戻れるわけじゃない。浦島太郎の10年があるわけですよ。ロンドンに行っても10年経った後のロンドンなので。「あー自分は浦島太郎だったんだな」と。



