「運動は何歳から始めても遅くない」。そう聞くと、仕事が忙しい50代は「老後、時間ができてからでもいい」と思うかもしれない。だが、年をとっても若々しい体を保つには、始める時期が意外に重要だ。70代と中年世代を調べた研究から見えてきた運動の効果について、『体力がすべて』の著者で、米国内科専門医の有好信博氏が解説する。

老後も「体が老けにくい人」が50代から始めていること・ベスト1Photo: Adobe Stock

運動は何歳から始めても遅くないのか

「今は仕事が忙しい。運動は、定年して時間ができてから始めよう」。50代で、そう考えている人もいるだろう。「運動は何歳から始めても遅くない」と聞けば、なおさら急ぐ必要はないように思える。

 だが、「あとから始めても効果がある」ことと、「先送りしても、失ったものをすべて取り戻せる」ことは同じなのだろうか。心臓の加齢を調べた研究に、この違いを考えさせる結果がある。

持久力は伸びたが、それでも変わらなかったもの

 心臓には4つの部屋があり、そのうち全身に血液を送り出す役割を担うのが「左心室」だ。左心室は、縮んで血液を押し出したあと、再び広がって次の血液を受け入れる。ところが、運動する習慣がないまま年齢を重ねると、左心室が硬くなり、十分に広がりにくくなる傾向がある。

 2010年に発表された研究では、運動習慣の乏しい健康な高齢者に、1年間の持久力トレーニングに取り組んでもらった。歩行やジョギングから始め、少しずつ運動の時間や強度を上げていった。運動前後の変化を調べられた9人の平均年齢は、約71歳だった。

 1年後、持久力の指標である最大酸素摂取量は約19%向上していた。しかし、左心室の硬さには明確な改善が見られなかった。つまり、70代からでも持久力は伸びた一方で、心臓に起きていた変化のすべてが元に戻ったわけではなかった(※1)。

 では、もっと若い時期に運動を始めた場合はどうだろうか。

 2018年の研究では、運動習慣の乏しい45~64歳の健康な成人61人を、2年間、有酸素運動を中心に行うグループと、バランスや柔軟性を高める運動を行うグループに無作為に分けた。

 有酸素運動のグループは、専門家の指導を受けながら徐々に負荷を増やし、週4~5日の運動に、強度の高い運動も取り入れた。2年後、最大酸素摂取量は約18%向上し、こちらでは左心室の硬さにも改善が見られた(※2)。

「何歳からでも遅くない」は、「いつ始めても同じ」ではない

「運動は何歳から始めても遅くない」という言葉は、その通りだと思う。実際、平均約71歳の人たちでも、1年間で持久力は大きく伸びていた。

 ただし、この言葉を「だから今は何もしなくていい」と受け取るのは違う。

 年齢を重ねてからでも伸ばせるものはある。一方で、長い時間をかけて起きた体の変化の中には、あとから運動を始めても、同じようには戻らないものがあるかもしれない。

 拙著『体力がすべて』では、体力の土台は一朝一夕につくられるものではなく、運動などの負荷と回復を繰り返すことで、時間をかけて育っていくと書いた。

 老後のための運動も同じように考えたい。「定年したら運動を始める」のではなく、「定年しても続けられる運動」を、今から少しずつつくっておく。

 高齢になってから始めても遅くはない。だが、それは、始めるのを遅らせてよい理由にはならないのである。

【注釈】
1. Fujimoto N, Prasad A, Hastings JL, Arbab-Zadeh A, Bhella PS, Shibata S, et al. Cardiovascular Effects of 1 Year of Progressive and Vigorous Exercise Training in Previously Sedentary Individuals Older Than 65 Years of Age. Circulation. 2010 Nov 2;122(18):1797-805.
2. Howden EJ, Sarma S, Lawley JS, Opondo M, Cornwell W, Stoller D, et al. Reversing the Cardiac Effects of Sedentary Aging in Middle Age, A Randomized Controlled Trial: Implications For Heart Failure Prevention. Circulation. 2018 Apr 10;137(15):1549-60.