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本能寺の変のあと、安土城の近くにあったキリスト教の修道院も略奪に遭った。家具や鍋だけではなく、意外なものまで持ち去られたという。何が奪われたのか。そこからは、当時の宣教師たちの暮らしぶりも見えてくる。※本稿は、建築史家で風俗史研究者の井上章一『日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
日本のカトリック教会には
畳敷きの聖堂も存在する
京都府の宮津市には、ヨハネの天主堂がある。カトリックの教会である。建物は1896年にたてられた。今も、ここでは、毎週日曜日にミサがおこなわれる。現役の教会である。そして、そういう施設としては、おそらく日本でいちばん古い。
木造だが、構えはゴシックやロマネスクの教会を手本としている。正面には薔薇窓らしいしつらいがある。縦長の窓には、ステンドグラスがはめられている。天井にもリブ・ボールト(編集部注/天井の重みを交差したアーチ〔リブ〕が支え、その隙間を薄い板石などでおおう、ゴシック建築の天井の様式)があしらわれた。西洋の聖堂にならった教会だと、いちおうみなしうる。
だが、教会らしい座席や卓台はない。あつまった人々のすわる場所には、畳がしきつめられている。ここでのミサには、外履きをぬいだうえで参列することとなる。日本の伝統的なくらしによりそった教会だと言える。
寺の仏堂は、たいてい畳敷きとなっている。土足厳禁というところが、大半をしめる。だが、キリスト教の聖堂に、あまりそういう例はない。おそらく、プロテスタントの教会には、ひとつもないような気がする。







