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井上章一

国際日本文化研究センター所長

1955年、京都府生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。京都大学人文科学研究所助手、国際日本文化研究センター教授などを経て、現職。専門の建築史、意匠論の他、日本文化や美人論など研究分野は多岐にわたる。『つくられた桂離宮神話』でサントリー学芸賞、『南蛮幻想』で芸術選奨文部大臣賞、『京都ぎらい』で新書大賞2016を受賞。著書に『ふんどしニッポン』、『関西人の正体〈増補版〉』(以上、朝日新書)、『ヤマトタケルの日本史』(中央公論新社)など。

「家でも靴?」皇室の写真で誰も靴を脱がない意外なワケ
井上章一
日本人なら、家に入れば靴を脱ぐのが当たり前だ。ところが、皇室の家族写真を見ると、室内でくつろぐ場面でも靴を履いている。これは単なる偶然なのか。明治天皇の時代までさかのぼると、そこには意外な「靴の作法」が見えてくる。※本稿は、建築史家で風俗史研究者の井上章一『日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
「家でも靴?」皇室の写真で誰も靴を脱がない意外なワケ
「えっ、土足?」刑事が靴のまま「ガサ入れ」するのはなぜ?意外な歴史
井上章一
刑事ドラマでは、警察が靴を脱がずに事件現場へ入るのはおなじみの光景だ。だが、日本では家に上がるとき靴を脱ぐのが当たり前。それなのに、なぜ警官だけは土足で踏み込むのか。明治期の挿絵やミステリー小説をたどると、その意外に古い歴史が見えてくる。※本稿は、建築史家で風俗史研究者の井上章一『日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
「えっ、土足?」刑事が靴のまま「ガサ入れ」するのはなぜ?意外な歴史
「えっ、三越で?」約110年前の客が入口でしていた、今では考えられないこと
井上章一
いまの三越に入るとき、入口で靴を脱ぐ人はいない。ところが昔は、客が履き物を脱ぎ、下足番に預けてから店に入っていた。それも、近代的な百貨店になってからもしばらく続いたという。では、なぜ三越はその習慣をやめたのか。※本稿は、建築史家で風俗史研究者の井上章一『日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
「えっ、三越で?」約110年前の客が入口でしていた、今では考えられないこと
「まさか畳まで…」本能寺の変後、安土城そばの修道院から根こそぎ奪われたものとは?
井上章一
本能寺の変のあと、安土城の近くにあったキリスト教の修道院も略奪に遭った。家具や鍋だけではなく、意外なものまで持ち去られたという。何が奪われたのか。そこからは、当時の宣教師たちの暮らしぶりも見えてくる。※本稿は、建築史家で風俗史研究者の井上章一『日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。
「まさか畳まで…」本能寺の変後、安土城そばの修道院から根こそぎ奪われたものとは?
阪神じゃない…御堂筋を埋めた20万人が熱狂した「もうひとつの関西球団」の栄光と衰退
井上章一
1950年代、関西で最も人気を誇っていた球団は、阪神ではなく南海ホークスだった。宿敵・巨人に挑み続け、ついに雪辱を果たした1959年、当時の大阪の街は歓喜に包まれ、20万人が御堂筋に押し寄せた。だが、その祝祭は“終わりの始まり”でもあった。関西野球の興隆と転換を刻んだ、その歴史的パレードをたどる。※本稿は、井上章一『阪神ファンとダイビング 道頓堀と御堂筋の物語』(祥伝社)の一部を抜粋・編集したものです。
阪神じゃない…御堂筋を埋めた20万人が熱狂した「もうひとつの関西球団」の栄光と衰退
「そのていどの戦績で…」阪神タイガースが御堂筋パレードを「長年できなかったワケ」
井上章一
御堂筋を行進する阪神タイガース。その光景はいまや関西の歓喜を象徴するものだ。だが、この“南下するパレード”には、もう一つの物語が重なっている。かつて同じ御堂筋を“北上”した南海ホークス――。その軌跡には、電鉄と野球、そして大阪という都市が描いた夢の記憶が刻まれていた。※本稿は、井上章一『阪神ファンとダイビング 道頓堀と御堂筋の物語』(祥伝社)の一部を抜粋・編集したものです。
「そのていどの戦績で…」阪神タイガースが御堂筋パレードを「長年できなかったワケ」
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