三越本店Photo:PIXTA

いまの三越に入るとき、入口で靴を脱ぐ人はいない。ところが昔は、客が履き物を脱ぎ、下足番に預けてから店に入っていた。それも、近代的な百貨店になってからもしばらく続いたという。では、なぜ三越はその習慣をやめたのか。※本稿は、建築史家で風俗史研究者の井上章一『日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

かつて三越などの百貨店は
外履きを脱いで入店していた

 百貨店の歴史をふりかえる。今の若い人は、おどろくかもしれない。かつての百貨店は、土足厳禁の姿勢をとっていた。下駄や草履、そして靴などをはいたまま入店することは、ゆるさない。来店者には、玄関口で外履きをぬぎ、下足番へあずけるよう、義務づけていた。

 日本の老舗と言っていい百貨店は、みな呉服商をその源流にもつ。三越、白木屋、松坂屋、大丸、高島屋などを想いうかべてほしい。いずれも長い歴史があり、和装をあつかう営業から発展した。ここでは、おもに三越の事例をとおして、百貨店の歴史をながめたい。

 図18-1は1896年にくばられた折込広告の図柄である。まだ、三越とは名のっていない。三井呉服店と言っていた時のチラシである。イラストの外枠には、『三井呉服店店先之図』とある。1階の売場が、そこにはしめされていた。

図18-1 「三井呉服店店先之図」同書より転載 拡大画像表示