ライカの工場では技術者たちが作業台に座り、レンズを研磨・接着し、手作業で塗装しているライカの工場では技術者たちが作業台に座り、レンズを研磨・接着し、手作業で塗装している

【ウェッツラー(ドイツ)】アンドレアス・カウフマン氏が相続した遺産を使って独ライカを買収した当時、この伝説的なカメラメーカーは新しいデジタル技術によって存続の危機にさらされ、破産に近づいていた。

 それから20年、同氏はこの上なく貴重な宝石を誇らしげに所有する大株主となった。これは、コスト高や国際貿易の減少、中国からの過酷な競争によって急速に脱工業化が進む地域での製造業の一つの成功例だ。

 最初の消費者向け製品発売から100年余りを経た今も、ライカは高価でミニマリストな(必要な機能だけに絞った)カメラの大部分を欧州で生産している。過去5年中4年で売上高は最高を記録し、同ブランドのレトロなデザインは、アナログ写真ブームの火付け役となった若い購買層を引きつけている。

 ライカの売上高は約6億5000万ドル(約1021億円)で、市場首位の キヤノン と比べれば小魚に過ぎない。また、ライカは高級市場に特化しているため、同社の生き残り戦略は、苦境に立たされている欧州製造業界に一律に適用できるものではない。それでもカウフマン氏は、より大きな企業にも参考になる教訓が少しはあると語る。

「私の視点は比較的単純だ」とカウフマン氏は最近のインタビューで話した。「長期的に成功するには四つの要素が必要だ。戦略、適切な戦術(中略)それを実行する優れた人材、そして全てを機能させ前進させるための資金だ」

 元教師のカウフマン氏は2004年、オーストリアの巨大な同族経営の製紙・パルプ・包装事業の売却で得た約17億ドルの資金を活用し、ライカに初めて投資した。

 その頃ライカは方向性を欠き、資金繰りに苦しんでいた。デジタル技術が業界を混乱させていたが、当時の同社トップはそれを「一時的な幕あい」と一蹴していた。技術的な制約もあり、コンパクトなフィルムカメラを新技術に転換することは難しかった。

 一族が買収した小さなソフトウエア会社で経営再建の経験を積んでいたカウフマン氏は、ライカを立て直せると考えた。

 同氏は新しい経営陣を投入し、技術に投資し、最終的にカメラに収まる小型デジタルセンサーの調達にこぎ着けた。その成果が、2006年に発売された初のレンジファインダー式デジタルカメラ「M8」だった。

 これにより同社の業績は好転した。ライカは今も高度に洗練され意図的に無駄をそぎ落としたフィルムカメラを作り続けているが、販売するモデルの5台中4台はすでにデジタルとなっている。