「悪人」は、最初から「悪人」なのだろうか。新刊漫画『介護とハイエナ』(新潮社)が描くのは、介護の制度や他人の弱みにつけ込み、金を得ようとする人々だ。だが、その多くは最初から悪意だけで動いていたわけではない。『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)などで介護現場を取材してきた甚野博則氏と、漫画家・鈴木マサカズ氏に、「悪い人」とは何なのか、そして人が善悪の境界を越える瞬間について聞いた。(企画・構成:ダイヤモンド社書籍編集局 工藤佳子)
『介護とハイエナ』(原作:甚野博則/構成:鈴木マサカズ/作画:石津のぞみ)
「フレンチ」よりも「唐揚げ弁当」
悪人のリアリティ
――『介護とハイエナ』の「ハイエナ」というのは、具体的には誰を指しているんですか。
甚野博則(以下、甚野):特定の誰かを指しているわけではないです。介護業界の周辺や、その当事者の中にいる人たちですね。たとえば公金を不正に取っている人や、虐待をしている人。そういう複数の人たちを指して「ハイエナ」と呼んでいます。
甚野博則(じんの・ひろのり)1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)、『衝撃ルポ 介護大崩壊』(宝島社)がある。©新潮社
鈴木マサカズ(以下、鈴木):でも、単純に「悪い人=ハイエナ」ということでもないと思うんですよね。主人公の古世手にだってハイエナ的な部分はあるし、たぶん誰の心にもあるものだと思うんです。
自分たちだって、「介護を題材にした漫画は面白いんじゃないか」「ビジネスになるんじゃないか」という気持ちがあるわけです。純粋に「この問題を世に問うてやる」だけで作っているわけじゃない。「これ、面白いネタだな」と思った時点で、ある意味では自分たちもハイエナですよね。
――本作意外にも、お二人の作品には、いわゆる「悪人」がよく登場しますよね。お二人にとって、「悪人」ってどういう人だと思いますか。
甚野:難しいですね。でも、自分のことが好きであればあるほど、悪い側面も出てくるんじゃないかなとは思います。自分を優先したい気持ちは誰にでもあると思うんです。「こうすれば自分が儲かるな」と思うことだってある。でも普通は、倫理観があってそこで止まるじゃないですか。それが止まらない人がいる。
この作品に出てくる人たちもそうだと思います。特に、ケアマネジャーの貝塚京子が働く悪徳介護施設の代表。唐揚げ弁当をムシャムシャ食べながら部下の貝塚と話している場面があるのですが、「こういう人いるよな」と思いましたね。なんで唐揚げ弁当がリアルなのかと言われると難しいんですけど。高級なフレンチを食べていたら、逆につまらないというか、嘘くさいんですよ。
鈴木:自分の中では、あの人があの場面で食べるなら絶対に唐揚げ弁当なんですよ。高級弁当でも、デパ地下の何かでもない。お金は持っているけど、この人なら唐揚げ弁当だろうという。そういう自分が想像したディテールからリアリティを感じてもらえたなら、すごくうれしいですね。
鈴木マサカズ(すずき・まさかず)愛知県出身。京都精華大学芸術学部卒。スピリッツ増刊21(小学館)にてデビュー。著書に『無頼侍』(エンターブレイン)、『ダンダリン一◯一』(原作:田島隆/講談社)、など。2026年10月現在、「くらげバンチ」(新潮社)にて『「子供を殺してください」という親たち』(原作:押川剛)、第6回 さいとう・たかを賞 受賞作『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治)、『それでも、親を愛する子供たち』(原作:押川剛/作画:うえのともや)、『教育虐待─子供を壊す「教育熱心」な親たち』(原作:石井光太/作画:ワダユウキ)、『介護とハイエナ』(原作:甚野博則/作画:石津のぞみ)を連載中。2026年5月『マトリズム 完全版』を配信。©新潮社
甚野:実際、取材でもいるんですよ。たとえば、ものすごく儲けている投資家を取材していて、「ちょっと昼飯食うから」って、汚い感じで飯をモグモグ食べながら、そのまま話を続ける人とか。めちゃくちゃ儲けているのに、もう一つの顔はこういう感じなんだ、という。
その唐揚げ弁当の感じが、すごくリアルだったんです。そういうところに、妙に人間味が出るんですよね。フレンチを食べながら話している人と、職場で唐揚げ弁当をムシャムシャ頬張りながら話している人では、同じお金持ちでも全然イメージが違うじゃないですか。
鈴木:さっき甚野さんが言った「倫理観の一線を越える」というのは、すごく分かります。たとえば経費でも、グレーな部分ってあるじゃないですか。最初はほんのちょっとでも、一線を越えられる人は越えちゃうんですよね。
借金があったらもっと越えやすくなるかもしれないし、待遇が悪いとか、「みんなやっているから」とか、いくらでも自分を正当化する理由は作れる。今は運よく漫画家という仕事をさせてもらってやってますけど、自分は一線を超えられちゃう人間なんじゃないかなって恐怖があるんですよ。一歩間違えてたらあちら側になってたかもな、みたいな。
「みんなやってる」「自分だけやらないのも…」
悪事を正当化する人たち
――貝塚や施設の代表も、最初から純粋な悪人だったというより、人助けの延長線上から少しずつ一線を越えていったようにも見えます。
鈴木:そうなんですよね。知識があって、制度を調べたうえで、その穴を使ってずるをしている。ある意味ではずる賢い。でも、そういうずる賢さって漫画家や記者にも必要な部分があると思うんですよ。だから本当に紙一重なんですよね。
甚野:多少の正義感は、誰にでもあるのかもしれないですね。あの施設の代表だって、本当に金儲けだけが目的なら、別に介護の仕事を選ばなくてもいいわけです。最初は何か別の思いがあってこの仕事を始めた。でも制度の穴を知って、「ここを使えば儲けられる」となって、だんだんそっちに行ってしまった。その末路みたいな感じはしますよね。
鈴木:ついこの間も、話題のキャラクターのグッズを社員が自分で盗んでメルカリで売っていたという話がありましたよね。あれを見て、「自分も学生の頃だったら、もしかしたら、やっちゃったかもしれないな」と思ったんです。あれはタイミングもあって、大きな話題になった部分もあると思うんですけど、そういうことができる立場にいたり、同じような誘惑があったりする場面っていろんなところにあると思うんですよ。
介護職だって、手取りが低かったら、「これくらい経費を使ってもいいだろう」とか、自分の中で正当化できてしまうかもしれない。そこから徐々に、「みんなもやっているし」「自分だけやらないのもどうなんだ」と、言い訳がどんどんできてくる。その場の空気の中で、少しずつ一線を越えていくんだと思います。
――「正当化できる悪事」みたいなところはありますよね。甚野さんがこれまで取材してきた人たちも、そういうふうに一線を越えていくんでしょうか。
甚野:この人たちに限らず、どんな職業でも多分そうだと思うんですよね。もともとは、ある程度の正義感があって、社会の仕組みの中で一つの職業としてやっている。でも、あるとき一線を越えてしまうと、だんだん歯止めが利かなくなる。
さらに、同じように歯止めが利かなくなった人たちが手を組んで、みんなで誰かを食い物にする。そういう構図はあるのかもしれませんね。
鈴木:すごくよく分かります。








