「自分が働いていたところもこうだった」など、介護業界内外からの感想が後を絶たない新刊漫画『介護とハイエナ』(新潮社)は、元文春記者の甚野博則氏が実際に取材した人物や事件をモデルにしたエピソードが数多く登場する。『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)などで介護現場を取材してきた甚野氏と、数々の実録漫画を手掛ける漫画家・鈴木マサカズ氏に、「リアル」と「フィクション」の境界について聞いた。(企画・構成:ダイヤモンド社書籍編集局 工藤佳子)

介護とハイエナ『介護とハイエナ』(原作:甚野博則/構成:鈴木マサカズ/作画:石津のぞみ)

入居者の遺産を相続するケアマネ…
フィクションだから描けること

――漫画原作のオファーを受けたときはどう思いましたか。

甚野博則(以下、甚野):面白そうだなと思いました。僕はずっと記者をやってきたので、ノンフィクションとは全然違うジャンルもやってみたいという気持ちはあったんです。当時は『週刊文春』を辞めて2、3年くらいで、「このままノンフィクションだけじゃなくて、もっと広げないといけないんじゃないか」とも思っていました。

 それに、自分が書いてきたものが漫画になったらどうなるんだろう、という漠然とした興味もありましたね。

甚野博則甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)、『衝撃ルポ 介護大崩壊』(宝島社)がある。©新潮社

――ケアマネジャーなど介護現場の人を主人公にする方法もあったと思いますが、あえて主人公を「記者」にしたことで、作品にはどんな面白さが生まれましたか。

鈴木マサカズ(以下、鈴木):介護現場で働く人を主人公にした、いわゆる「お仕事漫画」なら、それはそれでいろんな話を描けると思います。でも甚野さんが関わる以上、記者側を主人公にしないともったいない。主人公が潜入取材をしたり、色んな人に話を聞いたりして真相を追っていくところが、自分がこれまで手掛けてきた作品とは少し毛色の違う面白さだと思います。

甚野:ノンフィクションの場合は、「これを書いたら訴えられるかもしれない」とか、「訴えられたらこれは負けるな」とか、これまでの癖でどうしても考えるんですよ。でも漫画の場合は、フィクションだからこそできることがかなりあると思いました。

 なので、材料はなるべく包み隠さず出して、求められれば取材資料や写真も提供します。たとえば、作中に出てくる胃ろうの写真も実際にあるものです。もちろん、実際のネタ元とそのままリンクしてしまうとまずいので、取材源を秘匿してくださいとか、写真の構図とは少し変えてくださいとか、そういうお願いはします。

 ノンフィクションって、基本的には自分が見たこと、資料で確認したこと、取材で聞いたことしか書けないんですよね。

――第三話で登場する、悪徳施設で働くケアマネジャー・貝塚京子もそうですよね。主人公の記者・古世手は貝塚京子本人には直接会えていないけれど、作品の中では貝塚京子の家族や義理の母親との関係まで描かれている。ノンフィクションではなかなかできない描写だと思います。

甚野:これも、実際にモデルになった人がいます。もともとはヘルパーさんのような立場の人で、遺言書によって高齢者のお金を相続することになっていた。リアルの取材で、その人がどういう人なのかはある程度分かっていたんですよ。

 たとえば大学生の子どもがいるとか。不動産屋とか、漫画には出てこない細かい人たちもたくさん絡んでいて、情報提供してくれた方からも、「これ、みんなグルなんですよ」という話は当初からありました。結局そうやって一人の高齢者を囲い込んでいるわけですよね。これまであまりクローズアップされてこなかったところなので、漫画で取り上げると非常に面白いと思いました。

 ノンフィクションだったら、一人ひとりに取材して裏を取らないといけない。ある程度の証拠があったとしても、相手に「そんなの知りません」と白を切られたら書きにくい。でも、実際に取材していると、そういう構造があることは見えてきます。ノンフィクションではすごく書きにくいところを、漫画では描けるのではないかと思いました。

鈴木:逆に、漫画にする側からすると、そこが面白いところでもあり、危険なところでもあるんです。いくらでも膨らませられますから。たとえば、貝塚京子のお兄さんが実は裏で誰かとつながっていた、みたいな話を作ろうと思えば作れる。それはそれで派手な漫画にはなるかもしれないですけど、なるべくそういうことはしないようにしています。

鈴木マサカズ鈴木マサカズ(すずき・まさかず)
愛知県出身。京都精華大学芸術学部卒。スピリッツ増刊21(小学館)にてデビュー。著書に『無頼侍』(エンターブレイン)、『ダンダリン一◯一』(原作:田島隆/講談社)、など。2026年10月現在、「くらげバンチ」(新潮社)にて『「子供を殺してください」という親たち』(原作:押川剛)、第6回 さいとう・たかを賞 受賞作『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治)、『それでも、親を愛する子供たち』(原作:押川剛/作画:うえのともや)、『教育虐待─子供を壊す「教育熱心」な親たち』(原作:石井光太/作画:ワダユウキ)、『介護とハイエナ』(原作:甚野博則/作画:石津のぞみ)を連載中。2026年5月『マトリズム 完全版』を配信。©新潮社

――どのあたりに線を引いているんですか。

鈴木:自分が常に大切にしたいと思っているのはリアリティですね。「実は裏で兄貴がつながっていた」みたいな、できすぎた話にはしない。それよりも、貝塚京子という人がいたときに、「なんでこの人はこんなことをしているんだろう」「どういう家族の中で生きてきて、どんな気持ちなんだろう」と想像する。

 そこをネーム(注:コマ割りやセリフなどの漫画の設計図)にするときに少し肉付けしていくんです。あくまで甚野さんの原作があって、そこに色をつけていく、という感覚ですね。昔から、過剰に劇的にするのはあまり好きじゃなくて。自分が描きたい漫画のリアリティラインが、もともとそういうところにあるんだと思います。

タレコミから始まる物語
実録漫画と現実の“差”

――実際、甚野さんから最初の原作が来たとき、鈴木さんはどう感じましたか。

鈴木:原作って、ネームにしやすいものと、しにくいものがあると思っていて、自分の場合は、6.5割から7割くらいまで作られているのがちょうどいい。

 甚野さんも、『「子供を殺してください」という親たち』(原作:押川剛/漫画:鈴木マサカズ)の押川さん、『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治/漫画:鈴木マサカズ)の宮口先生も、『教育虐待 ―子供を壊す「教育熱心」な親たち』(原作:石井光太/構成:鈴木マサカズ/作画:ワダユウキ)の石井さんも、ご一緒した方はみんな7割くらいなんです。それが自分としてはすごくありがたい。

 さっき話した貝塚京子の背景みたいに、こちらで少し膨らませられる余白が残っているんですよね。自分はそこがすごく好きなんです。実際、漫画の原作を書いてみて面白かったですか?

甚野:面白かったですね。取材で分かっていることを「これを絵にしてもらったら面白そうだな」と想像しながら書けるんですよ。原作の中に入れておけば、そこから漫画の側で物語が動いていくかもしれない。

 過去の取材を振り返って、「そういえば、あの人がこんなことを言っていたな」と材料を引っ張り出して、つなげていく。そうすると「こんなストーリーになるかもしれないな」というものがぼんやり見えつつ、「漫画原作ってこうやって書いていくのかな」とイメージして形にしていった感じですね。

鈴木:そもそも甚野さんがやっていることって、探偵っぽいんですよね。タレコミや情報提供があって、そこから取材していく。その時点で起承転結があるというか、もう物語になっているんです。

甚野:あまり意識したことはなかったですが、そうなのかもしれないですね(笑)。