「正義を貫く記者」だけでは、現場のリアルは描けない。新刊漫画『介護とハイエナ』(新潮社)の主人公・古世手のモデルの一人となったのが、原作者で元文春記者の甚野博則氏だ。『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)などで介護現場を歩いてきた甚野氏と、漫画家・鈴木マサカズ氏に、記者という仕事のリアルと、それを漫画に落とし込むためのキャラクター造形や細部へのこだわりを聞いた。(企画・構成:ダイヤモンド社書籍編集局 工藤佳子)

介護とハイエナ『介護とハイエナ』(原作:甚野博則/構成:鈴木マサカズ/作画:石津のぞみ)

好奇心には正義もクソもない
元文春記者が明かす取材倫理

――主人公の記者・古世手(こよて)は、純粋な正義感だけで動いているようには見えないキャラクターです。実際、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)の取材で甚野さんに同行していましたが、古世手と同じ動きをしている場面がかなりあり、驚きました。

鈴木マサカズ(以下、鈴木):そこは意識しましたね。もちろん使命感だったり、「これを世に問いたい」という気持ちはあると思うんです。でも基本的には、自分が興味を持ったから取材する。ある意味では下世話な、「ちょっと見てみたい」という気持ちも絶対にあるはずなんですよね。自分だったら絶対にありますし。だから、そういう部分は隠さずに描きたいと思いました。

 甚野さんもたぶん、ある意味では半分趣味で取材しているというか、自分が面白いと思えないと取材できないところはあると思うんですがいかがですか?

「貴様には死ぬまで理解できない!!」怒鳴り散らされても涼しい顔。その“ゾクッ”とする理由鈴木マサカズ(すずき・まさかず)
愛知県出身。京都精華大学芸術学部卒。スピリッツ増刊21(小学館)にてデビュー。著書に『無頼侍』(エンターブレイン)、『ダンダリン一◯一』(原作:田島隆/講談社)、など。2026年10月現在、「くらげバンチ」(新潮社)にて『「子供を殺してください」という親たち』(原作:押川剛)、第6回 さいとう・たかを賞 受賞作『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治)、『それでも、親を愛する子供たち』(原作:押川剛/作画:うえのともや)、『教育虐待─子供を壊す「教育熱心」な親たち』(原作:石井光太/作画:ワダユウキ)、『介護とハイエナ』(原作:甚野博則/作画:石津のぞみ)を連載中。2026年5月『マトリズム 完全版』を配信。©新潮社

甚野博則(以下、甚野):「あれ、甚野さんですか?」ってよく言われますね(笑)。最初に「自分に置き換えたほうが書きやすい」とアドバイスをもらったので、古世手の動きなどはある程度は自分に置き換えて書いています。「記者だったらこうするだろうな」という感覚ですね。そうすると、やっぱり似てきますよね。

 一般的に記者というと、「正義を貫く」「ジャーナリズムを貫く」みたいなイメージがあるじゃないですか。でも、実際はみんな違うんです。その点では、古世手はかなりリアルに描かれていると思います。

 僕自身、介護業界を良くするために取材を始めたわけじゃないんです。ただ単純に、「介護業界って、おかしくないですか?」というところから入っている。古世手も「介護業界を変えたい」とか、「困っている人に手を差し伸べたい」という人物ではないと思うんです。そこは気が合うというか(笑)。

主人公だけを「作品の答え」にしない
もう一人の視点を置いたワケ

――一方、古世手の相棒で編集部の新人・塩沢とき子は、公務員からメディアに転職してきているので、正義感や倫理観も古世手とは真逆のキャラクターです。

鈴木:そうですね。そこでバランスを取っているところはあります。いきなり全員が同じところに立っているんじゃなくて、それぞれ違う入り口から始まって、段階を踏んでいく。そこは漫画的な演出でもありますね。

甚野:新人っぽい人とベテランっぽい人の二人がいたほうが書きやすいと思ったのもあります。立場によって物事の見え方って全然違うじゃないですか。介護について何も知らない人と、実際に介護を経験した人では、同じものを見ても受け取り方が違う。

「貴様には死ぬまで理解できない!!」怒鳴り散らされても涼しい顔。その“ゾクッ”とする理由甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)、『衝撃ルポ 介護大崩壊』(宝島社)がある。©新潮社

 だから古世手とは違う見方をする人をもう一人を置いたほうが、いろんな視点から描きやすいと思いました。古世手一人だけだと、古世手が考えていることが作品全体の答えのように伝わってしまうかもしれない。それは避けたかったんですよね。

 塩沢は介護制度についての知識はあるし、理屈では分かっている。でも、実際に介護業界の中に入って、現場の汚い部分まで見てきたわけではないんですよね。制度は分かっているけれど、そこで働いている人たちが何を考えているのかまでは分からない。知っているけれど、まだそこまでは見えていない。そういう違いがありますね。

鈴木:そうですね。それと、塩沢とき子については、いわゆる「助手」みたいな役割にはしたくなかったんです。漫画だと、主人公の隣にいる女性キャラに一番素人的なリアクションをさせて、主人公が「いやいや、そうじゃなくてね」と説明する、みたいなことがあるじゃないですか。自分はああいうのがあまり好きじゃないんですよ。だから塩沢は、ちょっと塩対応っぽいキャラクターにしたかった。

 だから名字を考えるときに、「塩」が入っていると覚えやすいなと思ったんです。それで「塩なんとか」にしようと考えていたら、当然、塩沢ときさんを思い出して。「塩沢とき子」にしたんです。今風ではないですが、そのほうが覚えやすいしキャラクターとのギャップもある。それに、若い人は塩沢ときさん自体を知らないだろうなと思っていたんですよ。甚野さんくらいの世代だと分かりますけどね。

甚野:僕はもう名前を見た瞬間に、映像であの女性がバンときました。

ICレコーダーから契約書まで
取材現場のリアルは細部に宿る

ICレコーダーから契約書まで取材現場のリアルは細部に宿る『介護とハイエナ』(原作:甚野博則/構成:鈴木マサカズ/作画:石津のぞみ)

――古世手の取材シーンもかなりリアルですよね。相手にものすごく怒鳴られているのに、内心では見出しになるようなコメントを取れて喜んでいるところとか。

鈴木:そう感じてもらえるのは、描いている側としてはすごくうれしいですね。

甚野:最初は、どこまで説明すればいいのか分からない部分もけっこうありました。たとえばICレコーダーにしても、「電話取材ってどうやって録音するんですか?」と聞かれたことがあって。記者ならジャックをつけて耳にはさんで録音するのが当たり前だと思っていたので、「そこから説明するんだ」と気づいたんです。そういう質問をされることで、「これは自分たちだけの常識なんだな」と分かって、原作を書き直すこともありました。

鈴木:そういうディテールは、自分たちも一番大事にしています。作画の石津さんもそうだと思います。

 たとえば契約書が一枚出てくるにしても、どんなサイズで、どんな見た目なのか。現場を知っている人が漫画を読んで、「なんだこれ」と思うようなものにはしたくないんですよね。作画は大変になるんですけど、そこはちゃんとしたいと思っています。