元首相も入居していると言われる“超高級老人ホーム”が、近年注目を集めている。これらを徹底取材したのが、ノンフィクションライター甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。
現役スタッフからの告発
「どれもフェイクです。壁に飾られとる絵や高そうな壺も全部偽物です」
そう話すのは老人ホーム「真理の丘」(仮名)の現役スタッフ、赤山照子さん(仮名)だ。兵庫県内の飲食店で会った彼女は、絶対匿名を条件に施設の内情について滔々と語り始めた。
兵庫県芦屋市――。六麓荘町に代表される芦屋周辺は関西随一の高級住宅街として知られる。
文豪・谷崎潤一郎がかつて居を構え、小説『細雪』の舞台にもなった。現在でもセレブが多く住む街として、そのブランド力は健在だ。
この芦屋の街の高台に建つのが真理の丘である。運営は社会福祉法人で、関西圏で介護事業を手広く展開している。
館内は、シャガール、ピカソ、ゴーギャンと、数々の名画で飾られ、入口には荘厳な螺旋階段とシックなシャンデリア。
そこで暮らす人々は、毎日のように洒落た洋菓子店から取り寄せたデザートを囲み、アフタヌーンティーを楽しんでいるという。食器はもちろんロイヤルコペンハーゲン。まるで絵画の中のワンシーンだ。
まさに関西の富裕層をターゲットとした老人ホームであり、テレビでも施設の“高級感”を押し出して度々取り上げられている。
だが――。その実態はまるで違うと明かすのが、赤山さんだ。
「とにかく真理の丘は見た目が第一。そこばっかり気にしている。理事長や奥さんがブランド好きやからね。床は大理石、螺旋階段の上と下には300万円ぐらいのソファーを置いてます。絨毯や壁紙はラブホテルみたいに奇抜なデザインで、ロビーに胡蝶蘭を飾ったりと、目に付く所だけは豪華」
さらに赤山さんは衝撃の事実を打ち明ける。
「ロイヤルコペンハーゲンの食器を使っているといっても、それを使えるのは、自宅から通って来るデイサービスの利用者さんだけ。入居されている方には、100均で買ったんかというようなやっすい食器を使ってます。
15時のおやつの時間には、大きな鍋でコーヒーや紅茶を沸かして出しています。こんなに不味いコーヒー出していいんかと思うほど。ミルクは牛乳パックが無造作に置いてあり、勝手に入れてな、みたいな感じやし、クリープを出すことも。腐ったようなお茶も平気で出す」
元『週刊文春』の潜入記者
来週、そちらの施設を少し見学させていただきたいのですが――。
真理の丘に初めて電話をかけたのは2023年の秋だ。電話に出た女性は私に担当者が不在だと話し、見学希望の日時と氏名、それに電話番号を聞いてきた。改めて担当者から折り返し電話をさせるとのことだった。
その担当者から電話が来たのは、約20分後。若い女性と思われる声の担当者は、こちらが指定した見学希望日は既に他の客の予約で埋まっていると話した。見学希望者がそれだけ多いのだろう。
担当者は、案内の者が確保できず十分な説明ができないため、別の日に設定している見学会に来るよう勧めてきたのだった。
真理の丘に潜入取材をしようと計画したのには訳がある。
地元で高級老人ホームとして知られる同施設では、見学者への説明や、広告している内容と実態が大きく異なっているとの情報を得ていたからだ。
元スタッフに加え、赤山さんら現役のスタッフ複数名から真理の丘についての詳細な話を聞いていた。
その話は本書で詳述するとして、こうした情報提供者らの証言をもとに、施設の内部を実際にこの目で見ておく必要があるだろうと考えたのだった。
これまで私は何度も潜入取材を行ってきた。
マルチ商法の集会、宗教団体が密かに開催しているお見合いパーティー、有力政治家が行きつけの会員制高級クラブや闇カジノ、さらには2021年に開かれた東京五輪の選手村にアルバイトとして潜入し、その内情を『週刊文春』誌上でレポートしたこともある。
そうした経験から、証言者の話を聞いたうえで改めて施設に潜り込めば、真理の丘の実像がよりはっきりと浮かび上がってくるはずだと考えたのだ。
電話口の担当者は、私の指定した日時に見学ができるか、改めてスケジュールを確認するとして、一度電話を保留にした。そして、しばらくして戻ってきた担当者は、意外にもあっさりとOKを出したのである。
「ちなみに、ご入居はいつ頃を考えていますでしょうか」
女性はそう続けた。だが、こちらは入居したいと発言したつもりはなく、「入居のことはまだ何も考えていません」と素直に返答した。
すると今度は、現在の住まいや身体の状態を教えてほしいと言ってきた。
向こうも営業なのだから、こと細かにこちらの個人情報を聞き出したいと思うのは仕方がないことだろう。
もしかすると電話を切った後、上司から、なぜ見学者の情報をもっとたくさん聞き取らないんだと担当者が怒られるかもしれない。
そんなことを考えながら、「仮に入居するとすれば、私の両親です。親のためにも私がいろいろと施設を見学しているのです」と曖昧に伝えた。
かくして施設見学の日時が確定したのだった――。
(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。