「俺がフィリピンで殺されるから、暗殺されたと記事にしてくれ」「一緒にクラブを経営しないか」――。新刊漫画『介護とハイエナ』(新潮社)の原作者で、元文春記者の甚野博則氏の取材相手は、怪しい人物も多い。数々の現場を歩いてきた甚野氏と、漫画家・鈴木マサカズ氏に、奇妙な人間への好奇心と、取材対象や被害者との距離の取り方について聞いた。(企画・構成:ダイヤモンド社書籍編集局 工藤佳子)
『介護とハイエナ』の構成:鈴木マサカズ氏(左)と、原作:甚野博則氏 ©新潮社
「なんでこうなったんだろう」
人間の奥深さへの興味
――「この人は取材したい」と惹かれるのは、どういう人ですか。
甚野博則(以下、甚野):人間的な魅力がある人ですね。ただ、それは「いい人」という意味ではなく、その人が最終的に悪に手を染めたとしても、「なんでそうなったんだろう」という過程を知りたいってのがいつもあります。悪は悪でも、「奥深い悪」というか。ただ悪さをしたとか、窃盗をしたとかだけではなくて、そこに至るまでにすごく深い闇やドラマがある人。そういう人には「自分がまだ見たことのないドラマが、そこにありそうだな」と思うんです。
たとえば、今は生活保護を受けている人が、「実は5年前までは上場企業の会長だった」と言ったら、「なんでこうなったんですか?」って気になるじゃないですか。そういう奥深さがありそうな人が、取材対象なのかなと思います。
甚野博則(じんの・ひろのり)1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)、『衝撃ルポ 介護大崩壊』(宝島社)がある。©新潮社
鈴木マサカズ(以下、鈴木):すごく分かりますね。まさに今、すごく話を聞いてみたい人がいるんですよ。SNSで、いわゆる「クソリプ」をしてくる人です。よく分からないことを言ってくる人とか、そういうリプライをする人、一人ひとりに話を聞いてみたいんですよ。多分、普通の人なんだろうなという確信めいたものはあるんです。でも、なんでそういう普通の人たちが、見ず知らずの人に、ああいう距離感で、ああいうことを平気で言えるんだろうって、そこにとても興味があります。
若い頃だったら、「なんでそんなことするんだよ」って怒っていたようなことでも、今は怒るより先に興味が出てくるんです。「なんでそんなこと言うんだろう」「なんでそんな発想になるんだろう」って。そこを考えるほうが面白くなってきましたね。
――そういう人たちのエピソードは、漫画にも入れ込んだりするのでしょうか。
鈴木:めちゃくちゃ使います。たとえば、第三話で出てくる悪徳施設の代表は、入居者の氏名を何度も間違えています。誰かの名前を言い間違えていて、周囲はみんな気づいているのに、その人だけ気づいていない。しかも、その人の立場が上だから誰も指摘しないとか。実際、何度訂正しても名前を間違え続ける人っているじゃないですか。そういう、自分が実際に経験してきたことを細かいところに入れています。
「俺が暗殺されたという記事を書いてくれ」
常軌を逸した詐欺師の要求
――甚野さんが今まで取材した中で、「この人はすごかった」という人はいますか。
甚野:いっぱいいますけど……一番変わっていたという意味では、ある事件の関係者で「フィリピンで人に殺されるから、それを見届けて、俺が暗殺されたという記事を書いてくれ」と言ってきた人ですね。いわゆる詐欺師で、結婚や離婚を繰り返して名字も何度も変えていました。かなりぶっ飛んだ人でしたね。
鈴木:すごいですね。
甚野:そこまでいくと、僕もちょっと関わりたくないなと思って。「その日は予定があるんで」って断りました(笑)。今は失踪していて、どこにいるのか分からないです。もともと取材に協力してもらっていた人だったんですけど、だんだん精神的にも不安定になって、海外に逃亡したりして。最後には「こんな人生はつらい。でもただで死ぬわけにはいかない」と言っていました。
最後に「自分は暗殺されたんだ」と記事にしてほしかったんでしょうね。でも、その時点で暗殺じゃないですよね。
――そういった取材対象から、「一緒に何かやろう」と誘われることもありますか。
甚野:いっぱいありますよ。一番多いのは、「一緒に女性がいるクラブを経営しよう」とか。あとは投資話ですね。スポーツ賭博のアービトラージで、「あと200万円入れれば権利を押さえられる。すぐ返すから貸してくれれば、甚野さんもその権利に入れてあげる」みたいな話もありました。そういう話はしょっちゅう舞い込んできます。
鈴木:嘘っぽい(笑)。
――中には本当の話もあるのでしょうか。
甚野:いや、恐らくほぼ嘘ですよ(笑)。そもそも取材対象って、まともじゃない人も多いですから。そういう人たちの話を信じて、お金を失って泣いた人も何人も見てきていますし。
向こうは、長く取材していると僕のことを友達だと思うことがあるんですよ。でも僕からすれば、あくまで取材対象なんです。取材はするけれど、お金を出したり、出資したり、貸したりする関係ではない。そこは明確に一線を引いています。
鈴木:共同経営なんて、本来ものすごく慎重に考えるものですからね。いきなりそんな話を持ちかけてくる時点で、距離感としてかなりおかしいですよね。
鈴木マサカズ(すずき・まさかず)愛知県出身。京都精華大学芸術学部卒。スピリッツ増刊21(小学館)にてデビュー。著書に『無頼侍』(エンターブレイン)、『ダンダリン一◯一』(原作:田島隆/講談社)、など。2026年10月現在、「くらげバンチ」(新潮社)にて『「子供を殺してください」という親たち』(原作:押川剛)、第6回 さいとう・たかを賞 受賞作『ケーキの切れない非行少年たち』(原作:宮口幸治)、『それでも、親を愛する子供たち』(原作:押川剛 作画:うえのともや)、『教育虐待─子供を壊す「教育熱心」な親たち』(原作:石井光太 作画:ワダユウキ)、『介護とハイエナ』(原作:甚野博則 作画:石津のぞみ)を連載中。2026年5月『マトリズム 完全版』を配信。©新潮社
「頑張ってあいつらをやっつけましょう!」
に乗り切れない理由
――悪い人に騙されて、泣いている被害者に対しては、どういう距離感なんですか。
甚野:もちろん気の毒だなとは思いますよ。取材をしていると、「頑張って一緒にあいつらをやっつけましょう」と言われることもある。介護関係でも、「困っているので助けてください」というメールはよく来ます。でも、自分の中では一線を引いているんです。僕の仕事は、その人を直接助けることではなくて、取材して記事にすることなんです。
情報源となる被害者の方には取材に協力してもらって情報を提供してもらえれば、より質の高い取材ができる。でも、自分の中では「記事にする」という目的はブレさせないようにしています。
鈴木:でも逆に言えば、記事にして告発することで、直接ではなくても結果的にその人を助けることはありますよね。
甚野:ありますね。記事が出て社会問題になって、施設や会社が批判を浴びた結果、「ありがとうございました」と感謝されることはあります。僕としてはその人を直接助けたつもりはなくても、記事を出したことで結果的に救われる人はいますよね。
「あるわけないじゃん」が実際ある
現実のおもしろさを漫画に
――最後に、『介護とハイエナ』の中で、「ここを読んでほしい」というポイントはありますか。
鈴木:まずはやっぱり「ネタ」ですね。甚野さんが取材してきた、「こんなことがある」「あんなことがある」というリアルな材料。読んでいると、勉強になるというところもありますし、単純に面白いと思うんです。
それと、自分がこだわっている細かいディテールですね。大金を持っている人が何気に食べているのが唐揚げ弁当だったり、介護施設の施設長が入居者の氏名を言い間違えていたり、登場人物のバックグラウンドだったり。そういう細かいところに気づいて、「ここ面白いな」と思ってもらえたら、すごくうれしいです。
甚野:僕は週刊誌記者を長くやっていたので、「そんなこと世の中にあるわけないじゃん」と思うような話が、実際にはあって、それを記事にしてきました。この漫画も、介護にあまり関係がない人が読んだら、「そんなこと本当にあるの?」と思う場面があるかもしれない。でも、実際の取材をベースにしていることなので、「いや、これ本当にあるんですよ」と。その感覚で読んでもらうと、「こんなことがあるんだ」と少し怖く感じてもらえるんじゃないかなと思います。
鈴木:自分としては、甚野さんの著書やこれまでの取材には、まだまだ面白いネタがたくさんあるので、「これもやりたい」「これも漫画にしてほしい」と思っています。自分たちも、いずれ介護される側になりますしね。








