「どれだけ成果を出しても、会社は自分を評価してくれない」。そんな悩みを抱える会社員は少なくないだろう。オリンパスの内視鏡事業で米国市場の開拓に携わった大根田勝美氏も、その一人だった。中学卒業後、組み立て工として働きながら英語を独学し、海外で実績を重ねたものの、学歴や年次を重んじる組織では報われなかった。そこで彼が選んだのは、会社に残って評価を待つことではなく、自ら勝負の場所を変えることだった。なぜ中卒社員は、米国で道を切り開けたのか。本稿は、書籍『ビジネスメイキング――売上と信頼が積み上がる「仕組みのつくり方」』から、その考え方を紹介する一節を抜粋したものだ。
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ビジネスメイキングという言葉を聞くと、特別な経歴や高度な専門知識を持った人だけができるものだと思われがちです。しかし、実際にはそうではありません。そのことを象徴する人物の一人が、内視鏡分野で活躍した大根田勝美氏です。
戦中・戦後の混乱期に育ち、中学卒業後にメーカーへ入社した彼は、いわゆるエリートコースとは無縁のキャリアからスタートしました。現場の組み立て工として働きながら、独学で英語を身につけ、自ら機会をつかみ取っていきます。
やがてその能力を評価され、海外業務に関わるようになり、アメリカ市場へと渡ります。当時、オリンパスの内視鏡事業は海外展開を本格化させていく途上にありました。その中で彼は、米国市場ではまだ普及途上だったガストロカメラ/内視鏡を現地で広めていく役割を担い、ビジネスの基盤づくりに大きく関わったとされています。
しかし、どれほど成果を上げても、日本的な組織の中では評価に限界がありました。学歴や年次といった基準が重視される環境の中で、自分の力が十分に反映されない現実に直面します。そこで彼は、組織の中での評価を待つのではなく、自ら環境を変える選択をします。
会社を離れ、アメリカでセールスレップ(成果報酬型の販売代理人)として独立したのです。セールスレップは、完全歩合に近い厳しい世界です。売れなければ収入は得られません。しかし逆に言えば、成果がそのまま評価と報酬に直結する世界でもあります。
彼はここでも成果を上げ続け、現地での販売ネットワークを築き上げていきました。さらに、その経験をもとに、自らビジネスを立ち上げるなど、活動の幅を広げていきます。
ここで注目すべきなのは、彼の出発点ではありません。中卒であったかどうかでも、英語ができたかどうかでもありません。重要なのは、どこで勝負するかを自分で選び直したこと。そして、価値が正当に評価される構造を自らつくったことです。
・組織の中で評価されないのであれば、評価される場所に移る。
・既存のルールが合わないのであれば、自分でルールをつくる。
これはまさに、本書のビジネスメイキングそのものです。ビジネスメイキングとは、与えられた条件の中で最適解を探すことではありません。どの土俵で戦うのか、どのような構造で価値を成立させるのかを、自ら設計することです。
その意味で、学歴は決定的な要素ではありません。むしろ重要なのは、目の前の環境を前提とせず、「どこであれば自分の価値が成立するか」を考え続ける姿勢です。
ビジネスの世界では、何を知っているか以上に、どの構造で勝負するかが結果を左右します。大根田氏の歩みは、そのことを端的に示しています。ビジネスメイキングは、自らの立ち位置を見直し、価値が生まれる構造をつくろうとするすべての人に開かれたものなのです。







