高級食材に頼らず、野草や川魚で人の心をつかむ京都の日本料理店「草喰なかひがし」。20年以上通い続ける著者は、この店で「価値は新しくつくるだけではない」というビジネスの本質に気づいた。見過ごされていた食材に、季節や土地の物語を添えることで、忘れられない体験が生まれる。営業の現場も同じ。商品や技術のよさを伝えているつもりなのに、なぜか相手に響かない。そんな悩みを解くヒントは、身近な価値を「見えるようにする」ことにある。本稿は、書籍『ビジネスメイキング――売上と信頼が積み上がる「仕組みのつくり方」』から、その考え方を紹介する一節を抜粋したものだ。

なぜ「ただの野草」がごちそうになる? 京都の名店に20年通って気づいた「商売の本質」Photo: Adobe Stock

 世の中には、存在は知られていても、価値として認識されていないものが数え切れないほどあります。名前を与えられていない価値も、無数に存在します。あるいは認識されていても、浅い理解にとどまっていて、本当の価値が伝わっていないものもあります。

 その価値を、相手に伝わる形で見えるようにすることで、ビジネスが生まれることがあります。そのことを私は、京都のある店に教えられました。『草喰なかひがし』という日本料理店です。

 かれこれ二十年以上通っていますが、何度訪れても、そのたびに「また来たい」と思わされます。料理を食べに行っているはずなのに、それだけでは終わらない感覚が残るのです。

 京都には名店が数多くあります。その中で、なかひがしが放っている魅力は異質です。高級食材を並べて圧倒する店ではありません。むしろ、世の中の多くの人が見過ごしているものや見向きもしないものに、新しい意味を与えてしまうところに、この店のすごみがあります。野草、川魚、素朴な食材など、普通なら主役にならないようなものが、この店では驚くほど豊かな体験へ変わります。

 私はここに、ビジネスメイキングのもう一つの本質があると感じています。価値は新しく発明されたものだけに宿るのではありません。すでに存在しているものでも、意味の見え方が変わった瞬間、新しい価値として立ち上がります。

 なかひがしでは、単に“美味しい料理”を出しているだけではありません。季節の気配、土地の記憶、食材の背景、料理人の視点、食べる側の感情まで含めて、一つの体験として組み立てられています。つまり、食材そのものではなく、「食材をどう意味づけるか」という問いかけを提供しているのです。

 これは、営業やビジネスにもそのまま当てはまります。多くの人は、価値を「高機能」「高級感」「新奇性」の中にだけ探そうとします。しかし、優れたビジネスは、価値の見え方そのものを変えます。つまり、価値を「つくる」のではなく、「立ち上げる」のです。

 私は、この店に通うたびに、「価値はつくるだけでなく、見えるようにするもの」だと感じます。前述のとおり、価値があるのに、十分に認識されていないものが数多くあります。ある人の技術、ある会社の文化、ある土地の素材、ある現場の工夫。これらはどんなに価値のあるものでも、相手が認識できるようにしなければ、誰からも選ばれません。価値は存在するだけでは仕事にならないのです。

 ここで必要になるのは、自分都合で価値を語ることではありません。相手が理解できる文脈で、価値を差し出すことです。

 なかひがしでは、それが料理と語りによって行われています。野草をただ使って提供するだけでは、人は価値を感じません。しかし、その野草がどこで採れ、なぜいまこの季節に食べるのか。その意味が差し出された瞬間、受け手の中で価値が立ち上がるのです。

 これは、まさにビジネスメイキングです。価値はそこにあるだけでは伝わりません。意味が通ることで、初めて価値として受け取られるのです。