「人生に疲れた」と感じたことはないだろうか?目標達成や他人の評価、世間的な価値観を追いかけ、自分の人生に疲弊していないだろうか。心が満たされない背景には、絶え間なく「もっと」を求める現代特有の脳の仕組みが存在する。疲れた心に本当の静けさと生きがいを取り戻すには、どうすれば良いのだろうか。本記事では、『ドーパミン断ち』をもとに、「人生に疲れたときに読んでほしい、3つの言葉」について解説する。(構成/ダイヤモンド社・秋岡敬子)

人生に疲れたときに読んでほしい、3つの言葉Photo: Adobe Stock

なぜ私たちは、こんなにも「人生」に疲れてしまうのか

「一体、自分は何のためにこんなに苦労しているのだろう」

 そう考えたことはないだろうか?

 そんな虚しさを抱えながらも、立ち止まるのが怖くて走り続けている人は少なくない。

手に入れたのに、なぜか虚しく感じてしまう時

 以前の私は、目標を達成することこそが幸せへの道だと信じていた。

 望んでいた会社に入り、欲しかったものを手に入れる。

 その瞬間は確かに嬉しい。
 でも、その高揚感は驚くほどあっけなく消えてしまう。

 数日も経てば「次はどうする?」「もっと評価されたい」「もっと上を目指さなければ」という焦りが芽生える。
 そして、再び新しい目標を探して走り出す。

 しかし、走っても走っても、本当の安心や満足にはたどり着かない。

 そこで、『ドーパミン断ち』の中から、人生に疲れたときにこそ読んでほしい「3つの言葉」を紹介したい。

①「生きる理由を持つ者は、ほぼいかなる苦難にも耐えられる」

生きる理由を持つ者は、ほぼいかなる苦難にも耐えられる。
――『ドーパミン断ち』より

 1つ目の言葉は、ニーチェの言葉だ。

 私たちが人生に疲れてしまうのは、目の前の「苦労の量」が多いからではない。
「何のためにこの苦労に耐えているのか」という理由が見えなくなってしまうからだ。

 疲れを感じたときは、「自分は今、何のために生きているのか」という根本の問いに立ち返ることが必要なのだ。

②「無関心な宇宙に意味を与えられるのは、愛する能力を持つ私たちだけだ」

無関心な宇宙に意味を与えられるのは、愛する能力を持つ私たちだけだ。
――『ドーパミン断ち』より

 2つ目は、『ウディ・アレンの重罪と軽罪』に登場する精神分析医の言葉として引用されている一文である。

 私たちはつい、「何か素晴らしい出来事が起これば、自分の人生が変わるはずだ」「世界が自分を幸せにしてくれるはずだ」と期待してしまう。
 しかし、世界や環境が自動的にあなたを幸せにしてくれることはない。

 自分の人生に意味を吹き込めるのは、他の誰でもなく、あなた自身だけだ。
 世界に意味を求めるのをやめ、自ら意味を与える側に回ったとき、心は他者や環境への不満から解放される。

③「痛みを減らすことはできなくても、その痛みの居場所を見つけることはできる」

痛みを減らすことはできなくても、その痛みの居場所を見つけることはできる。
――『ドーパミン断ち』より

 3つ目は、著者が自らの父親から学び取った言葉だ。

 人生には、どうしても避けられない痛みや疲労、失意の瞬間がある。
 それらを「なかったこと」にしようと抗ったり、手軽な気晴らしで誤魔化そうとしたりすると、かえって苦しみは深まってしまう。

 つらい経験や疲れすらも、他人の痛みに寄り添うための優しさや、人生の深みへと変えていく。
 そう腹をくくったとき、人はどんな痛みの中でも静かな安らぎを見出すことができるのだ。

あなただけの「意味」を見出そう

 目先の刺激や成果を追いかけるだけの人生は、あなたの心をいつまでも乾かせ、疲れさせ続ける。

 だからこそ、自分が納得できる「意味」を見出し、目の前の一瞬一瞬を誠実に味わおう。

 その時こそ、あなたの人生は他人の評価に惑わされない、真の充足感で満たされるはずだ。