電車の遅延、思いどおりに進まない会議、うっかりしたミス。一日のうちに、私たちは何度も小さな苛立ちに見舞われる。そのたびに心を乱され、すべてが順調な状態を取り戻そうと躍起になる。だが、そもそも何ひとつ引っかかりのない毎日など、どこかに存在するのだろうか。書籍『予想だにしないほど大きく人生が動きだす 小さな実験』をもとに解説する。

私たちにとって
本当に大切なのは、
苛立ちのない人生を
目指すことではない。

「順調であるべき」が、苛立ちを増やす

朝、予定より5分遅れて家を出ただけで、一日全体がうまくいかないような気がしてしまう。午前中に一つミスをすると、午後もずっとそのことが頭から離れない。せっかくの休日も、雨が降っただけで台無しになったように感じる。

こうした苛立ちの背景には、「物事は本来、スムーズに進むはずだ」という期待がある。その期待が強いほど、少しのずれが大きな問題に見えてしまう。

私たちにとって本当に大切なのは、苛立ちのない人生を目指すことではない。
素晴らしい人生を生きるには、絶対的な完璧さを手放す必要がある。まずは、そのことを受け入れよう。
実際、心のしなやかさに関する研究でも、人生に本来備わっている不完全さや浮き沈みを受け入れている人ほど、心の状態が安定していることがわかっている。

(『予想だにしないほど人生が大きく動き出す 小さな実験』より)

思いどおりにいかない出来事は、生きているかぎりなくならない。苛立ちをゼロにしようとするのは、天気を毎日晴れにしようとするようなものだ。

完璧を目指すほど、心は揺れやすくなる

理想の状態を思い描き、そこから外れるたびに修正しようとする。一見、前向きで努力家の姿勢に見える。けれど、このやり方には落とし穴がある。基準が「完璧」に置かれているかぎり、現実はいつもそこに届かないからだ。

その結果、心は常に「足りないもの」や「うまくいかなかったこと」に向けられる。うまくいった部分は当たり前として見過ごされ、つまずいた部分だけが記憶に残る。小さな波が来るたびに、大きく揺さぶられてしまうのである。

浮き沈みを「想定内」にしておく

では、どうすればいいのか。ひとつの方法は、うまくいかないことを最初から予定に組み込んでおくことだ。

たとえば、「今日はどこかで一つくらい予定が崩れるだろう」と考えて一日を始めてみる。実際に何かがずれたとき、「ほら、来た」と受け止められれば、動揺はずっと小さくなる。何も起きなければ、それはそれで得をした気分になれる。

また、つまずいたときには、それが一日全体の評価にまで広がっていないかを確かめてみる。会議がうまくいかなかったのは、あくまでその一時間の出来事だ。そのあとに続く時間まで、同じ色に塗りつぶす必要はない。

浮き沈みのない人生を目指すのではなく、浮き沈みがあることを前提に歩いていく。そう構えておくだけで、思いがけない出来事に振り回される度合いは確実に変わってくる。

穏やかな毎日を手に入れるために必要なのは、すべてを思いどおりに整えることではない。うまくいかない日もある、と最初から心づもりしておくことだけでいい。