「自由と平等の国」を掲げてきたアメリカで、いま深刻な格差が広がっている。資産上位10%の世帯が国全体の富の約7割を握り、イーロン・マスク氏のような超富裕層が政治にも巨額のお金を投じる。一方、生活苦にあえぐ庶民の不満は高まり、資本主義の象徴ともいえるニューヨークでは、民主社会主義を掲げる市長が誕生した。いったいアメリカで何が起きているのか。国際政治学者で、『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からのアメリカ史』に推薦コメントを寄せた三牧聖子氏に超大国を揺るがす「格差と分断」の実態を伺った(取材・構成/石井広行)。
※本インタビューは2026年10月20日に実施しました。

「自由と平等の国」はどこへ? わずか10%の世帯が「国の富の7割」を握るアメリカの衝撃的な実態Photo: Adobe Stock

「兆万長者」まで誕生

――前回のお話にあるように、民主社会主義の台頭の背景には、経済格差の拡大と、それによる社会の分断があるのですね。

三牧聖子(以下、三牧):現在のアメリカは、究極の格差社会とでも呼ぶべき状況にまで、富の格差が広がっています。

 純資産の多い上位1%の世帯が家計全体の純資産の約3割、上位10%の世帯が約7割を保有しているという、自由と平等を謳ってきた国としてはありえないような格差社会が到来しています。イーロン・マスク氏に至っては、トリリオネア(Trillionaire=資産1兆ドル超の大富豪)つまり「兆万長者」と呼ばれ、一人の人間が得られるとは到底考えられなかったような資産を手にしています。一個人の資産が、一国の国家予算をもはるかに上回る規模なのです。

 そこで、前回も触れた、理念と現実の差を埋めようとする、アメリカ社会の伝統的なダイナミズムが、この中間選挙でも現れてきたのがとても興味深いところです。自由と機会の国と言いながら、ほんとうに一握りの人しかそれを享受できていないじゃないか、というわけです。

 社会主義が二大政党に並ぶ政治勢力として定着してこなかったアメリカですが、社会主義的なものを必要とする現実は社会の中にずっと存在していたわけで、歴史を通史的に捉える視点も非常に重要だと思いますね。

 ちなみにトランプ政権の看板政策である関税政策や移民政策に対しては、今や軒並み不支持が支持を上回っています。物価高対策に至っては支持率が2割を切っています。

 もはや政策では自分をアピールできないということで、トランプ大統領は、民主社会主義者に共産主義のレッテルを懸命に貼ろうとしています。ホワイトハウスの公式ページでは、「赤の脅威を許すな」といった言葉で民主党陣営を批判するメッセージを発信し、伝統的なアメリカ国民の恐怖心に訴えることで、なんとか中間選挙を乗り切ろうとしています。しかしこれが話のすり替えでしかないことは前回述べた通りです。

「資本主義の国のど真ん中」に誕生した民主社会主義の市長

三牧:民主社会主義の名前を一躍知らしめたのは、今年1月からニューヨークの新市長を務めているゾーラン・マムダニです。資本主義の国のど真ん中のようなニューヨークで、民主という冠はあるものの、社会主義を公然と掲げる人物が市長になったことは大きな衝撃でした。

 家賃安定型物件(家賃の値上げが規制されている賃貸住宅)の家賃凍結や、公営のスーパーマーケット設立、そしてそれらの財源を確保するための富裕層への課税強化といった方針が大きく支持されました。アメリカの変化を象徴するような出来事です。

 マムダニ市長自身はウガンダ生まれなので法律上アメリカ大統領にはなれないのですが、そのことを残念がる声が出るほどに、今評価が高まっています。そして、その人気の背景には、これまで民主党が生活苦に喘ぐ人々の声に応えられずにきたことがあると考えています。

 民主党の政治家というと、どこか「上から目線」で説教ばかりしているようなイメージがあったり、多様性をスローガンに掲げているのに、多様なマイノリティが生きていくための生活基盤を整えることにはあまり熱心でなかったり、あるいは大企業と結びついていたり、といったところがありました。

 その点、今台頭してきている民主社会主義者は、大企業と対峙することをためらわない姿勢を徹底しています。大企業の政治献金には基本的に頼らずに、小口献金やボランティアで選挙を戦っています。

 そのため中間選挙では、共和党候補とはかなり資金力に差があるものの、企業PACからの献金を受け取らないからこそ、大胆な市民のための改革ができるんです、といったアピールをすることに成功しています。確かに、保険会社から政治献金をもらって支援を受けている政治家が、国民皆保険なんて打ち出せるわけがないですよね。

問われるイスラエル・ロビーとの関係

三牧:もう一つ重要なのはイスラエル・ロビー(政策をイスラエル寄りに動かそうと活動する組織)との関係です。トランプ大統領からカマラ・ハリス氏まで、共和党か民主党かを問わず多くの政治家がイスラエル・ロビーの献金を受けています。その帰結として、ガザで7万4000人以上を殺害する蛮行をイスラエル軍が行っていても、依然としてアメリカによる軍事支援が続いています。

 民主社会主義者は、イスラエル・ロビーからはお金をもらわない方針を徹底しています。だからこそ、ガザでイスラエルが行っていることはジェノサイド(集団殺害)であり絶対に許されない、と批判するなど、イスラエルに対し決然とした態度が取れるわけです。

 ニューヨークのマムダニ市長は、イスラエルのネタニヤフ首相が9月の国連総会でニューヨークの国連本部を訪れる際に逮捕できるかどうかを検討する姿勢まで見せていました。実際にはニューヨーク市にそのような権限はなく実現はしませんでしたが、反イスラエルとパレスチナ連帯を世論に訴えることにつながりました。

 今年の世論調査では、イスラエル人よりパレスチナ人に共感するという回答が、数字の上では初めて上回りました。世界の中でアメリカだけが突出してイスラエルへの軍事支援を進める一方、アメリカ国内のことはなおざりになっている。そうした中で、「イスラエル・ロビーとの関係を絶っているからこそ、私たちはほんとうにアメリカ国民のためになる政策を追求できる」と主張することができるのは民主社会主義を掲げる政治家たちの強みであり、時代の流れにも沿っています。

中間選挙の構図は「マネーvsメニー」

三牧:お金と政治の問題は、日本をはじめどの国にもありますが、アメリカの場合、動くお金の額が半端ではありません。

 2010年の「シチズンズ・ユナイテッド判決」などを契機に、企業や富裕層が、候補者陣営とは独立した選挙活動に巨額の資金を投じられるようになりました。この判決が転機となって生まれたスーパーPAC(特別政治活動委員会)と呼ばれる政治資金管理団体は、もはや青天井で政治献金を集めることが可能になり、巨額の資金が選挙戦に投じられるようになっています。こうして、政治とお金はアメリカ政治の根深い構造的課題となりました。人々は金権政治に心底飽き飽きしています。

 今回の中間選挙では、イーロン・マスク氏が共和党候補を支援するため、巨額の政治献金をしています(7月以降だけで2億7600万ドル=約440億円)。トランプ大統領の政策が不人気な中、なんとかお金の力で選挙に勝とうとしています。

 その一方、もちろんみんなが民主社会主義者になっているわけではありませんが、民主党の中では、大規模な献金を拒否して市民の力で戦うことを掲げる勢力が台頭し、その姿勢に支持が集まっています。

 お金と(数多くの)庶民、英語で言うとmoneyとmanyで、語呂合わせでmoney versus many(マネーvsメニー=お金対庶民)といった表現が、今回の中間選挙の構図を表すのに使われています。

 アメリカ政治の大きな地殻変動が浮き彫りとなっている今回の選挙は、どちらが勝つかに関わらず、非常に象徴的な意味を持つ選挙になると思います。