「北米を抜ければ、その先には日本がある」――そんな期待を胸に、ヨーロッパの探検家たちは何百年にもわたって「幻の北西航路」を探し続けた。アジアに着いたと勘違いした者、乗組員の反乱で海に消えた者も。命がけで航路を追った探検家たちを待っていた結末を『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からのアメリカ史』から紹介する。(ダイヤモンド社書籍編集局)
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幻の北西航路
ヨーロッパ人は、西に航海すればアジアに着くはずだという考えを捨てず、カナダ北部の探検を繰り返しおこない、北西航路を見つけようとしていた。
1497年に、魚がたくさんいる海を発見したジョン=カボット(「ジョヴァンニ=カボート」)を覚えているだろうか? このイタリア人は、イギリスの支援で航海をおこない、同年にカナダのニューファンドランドに上陸した。カボットはアジアに着いたと勘違いし、さらに日本を目指して出航したけれど、彼の消息はそれきり途絶えてしまった。
サミュエル=ド=シャンプランは、セントローレンス川を探検し、ケベックを建設したけれど、そのとき彼が探し求めていたのも、アジアへいたる北西航路だった。
オランダ人に雇われたヘンリー=ハドソンも、北アメリカを抜けて太平洋まで出る航路を探しているうちに、1609年にハドソン川にたどり着いた。翌年、彼はイギリスを代表して再びやってきて、湾(ハドソン湾)を「発見」した。彼はさらに先へ進む計画を立てたけれど、乗組員が反乱を起こし、海で行方不明になるか、おそらくは殺されるかした。北西航路の横断航行に初めて成功したのは、1903年から1906年にかけてのことだった。












