第二次世界大戦では、ともにナチス・ドイツと戦ったアメリカとソ連。ところが戦争が終わると、両国の関係は急速に悪化していく。東ヨーロッパではソ連の影響力が強まり、チャーチルはその分断を「鉄のカーテン」と表現した。なぜ昨日までの同盟国は、世界を二分するほどの敵同士になったのか。冷戦の始まりを『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からのアメリカ史』から学ぶ。

【冷戦の象徴】昨日までの「同盟国」が最大の敵に…ヨーロッパを分断した「鉄のカーテン」とはPhoto: Adobe Stock

鉄のカーテン

 第二次世界大戦中、アメリカとソヴィエト連邦は同じ陣営で戦ったけれど、政治的立場のちがいは同盟を維持するにはあまりに大きかった。共通の敵がいなくなったことで、両国は敵対するようになった。スターリンは東ヨーロッパ諸国での自由で民主的な選挙を約束したけれど、実際には、共産主義の衛星国を樹立した。

 両陣営とも相手に不信感を抱いていた。相手が自分たちの政治的信念に他国を引き入れ、世界での地位を強化しようとしていると考えていたのだ。共産主義陣営(ソ連と東ヨーロッパ)と資本主義陣営(アメリカと西ヨーロッパ)のあいだの緊張は「冷戦」と呼ばれるようになり、そこには戦闘を伴う「熱い」戦争とはちがい、脅迫や威圧が含まれていた。ウィンストン=チャーチルは1946年の演説で、東ヨーロッパに鉄のカーテンが降ろされ、外の世界から隔てられていると述べた。

トルーマン=ドクトリン

 トルーマン大統領は、冷戦を「封じ込め」(共産主義の拡大の防止)によって戦うことを決意した。トルーマンは、共産主義をかかげる反乱勢力を抑えるために、ギリシアとトルコに資金を援助するよう議会を説得した。これにより、共産主義がさらにふたつの国に広がるのを防いだ。共産主義を封じ込め、共産主義に対抗するグループを支援することが、トルーマン=ドクトリン(「封じ込め政策」)だった。

マーシャル=プラン

 1947年6月、国務長官のジョージ=マーシャルは、ヨーロッパを再建するためのマーシャル=プランを提案した。アメリカは共産主義を抑え込み、ヨーロッパ経済を活性化させ、アメリカとヨーロッパの貿易を継続することを望んだ。アメリカは1948年から1951年にかけて、西ヨーロッパ諸国に約130億ドルの資金を提供する。経済支援は、不安定で所得の低い国々を保護し、共産主義の広がりを防ぐためのものだった。また、アメリカは、アジア諸国、特に第二次世界大戦直後から占領下においていた日本にも経済支援を提供した。

ベルリン空輸

 アメリカ、イギリス、フランスは、ドイツとベルリンのそれぞれの管理区域を統合し、単一の民主主義国家を形成すると発表する。トルーマンは、統一ドイツこそがヨーロッパ復興の鍵だと信じていた。スターリンは、ドイツが主権を回復すればソ連支配下のドイツだけでなく、ヨーロッパ全体にとって脅威となると考えた。

 スターリンはベルリン封鎖を開始する―ベルリンから西側へのアクセスを遮断する戦略だ。トルーマンはベルリン空輸作戦を実施する。スターリンが封鎖を解除するまで、アメリカとイギリスの航空機によって、食料と物資が西ベルリンに運ばれた。でも、封鎖が解除されてからも、ベルリンは東ベルリンと西ベルリンに分かれたままだった。

 1949年の10月には、ドイツはふたつの国家、ドイツ連邦共和国(民主主義国家、西ドイツ)とドイツ民主共和国(共産主義国家、東ドイツ)に分断された。

NATOとワルシャワ条約機構

 1949年、アメリカとカナダは西ヨーロッパ諸国と連携し、北大西洋条約機構(NATO)という同盟を結ぶ(平時における初の軍事同盟)。ソ連による西ヨーロッパへの侵攻の脅威から、同盟国を守ることが目的とされた。一方、ソ連とヨーロッパの7つの衛星国は、1955年にワルシャワ条約機構という独自の軍事同盟を結んだ。

フェアディール

 トルーマンは、アメリカの国内情勢にも配慮する必要があった。1945年、彼は一連の国内改革の準備にとりかかる。ニューディール政策の延長となるこの政策は、フェアディールと呼ばれて議会で可決されたものの、大きな成果はなかった。トルーマンは次のような目標をかかげていた。

 また、トルーマンは、1946年に公民権委員会を設置した。彼は議会に対し、貧困層の投票を妨げていた人頭税を廃止する法律と、反リンチ法の制定を求めた。保守的な議会からの支持は少なかったものの、トルーマンは大統領令によって連邦政府における差別的な採用慣行を廃止し、米軍の人種差別を撤廃することで、政府の政策に重大かつ永続的な変化をもたらした。

1948年の選挙

 共和党は勝利を確信していた。トルーマンはフェアディールで成果をあげられず、民主党は分裂していた。トルーマンの公民権政策に不満を持つ南部民主党員の一部は、州権民主党と呼ばれる新党を結成した。その他の民主党員により、ソ連との協調路線を訴える進歩党が誕生した。

 共和党候補のトマス=デューイは世論調査で大きくリードしていたため、『シカゴデイリートリビューン』紙は開票速報よりも先に、「デューイ、トルーマンを破る」という大きな記事を掲載した。しかし、トルーマンはホイッスル=ストップ=ツアーをおこない、フェアディールの失敗は共和党議会の責任だと国民を説得した。彼は2期目の当選を果たした。