「自由と平等の国」を掲げながら、長年にわたって社会主義をタブー視してきたアメリカ。ところが今、そのアメリカで「民主社会主義」と呼ばれる新たな政治潮流が支持を広げている。背景にあるのは、深刻な経済格差や物価高、そして「アメリカンドリーム」への失望だ。トランプ政権の行方を左右する11月の中間選挙を前に、アメリカ社会で何が起きているのか。国際政治学者で、『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からのアメリカ史』の推薦者でもある三牧聖子氏に聞いた(取材・構成/石井広行)
※本インタビューは2026年10月20日に実施しました。
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日本も関心を持たざるをえないアメリカ中間選挙
――11月3日に実施されるアメリカ中間選挙について、三牧先生はどのような点に注目されていますか。
三牧聖子(以下、三牧):『14歳からのアメリカ史』にあるようなアメリカの通史にも少し絡めて、今回の中間選挙についてお話ししていきたいと思います。
当然、共和党が多数を死守するのか、それとも民主党が多数を奪還するのかは、日本としても気になるところです。とりわけ、トランプ大統領が大統領令を濫用して、本来議会の権限であるはずの関税政策も乱発し、日本も大きな迷惑を受けている状況下では、私たちも無関心ではいられません。
イラン戦争に関しても同様のことが言えます。アメリカには戦争権限法という法律があるので、議会の承認がない限り原則として60日以上軍事行動を継続することはできず、本来は軍を撤退しなければいけないのです。
しかしトランプ大統領は、一度は停戦したという詭弁を繰り返すことで議会の統制を免れています。また議会では共和党が多数を占めているため、トランプ大統領を止める有効なアクションを取っていないのが現状です。
イラン戦争に伴いホルムズ海峡が閉鎖されたことで、石油備蓄に余裕がなくなってきているアメリカの国民のみならず、日本そして世界の多くの人がこれからほんとうに困ることになります。
こうした中、共和党と民主党のどちらが議会の多数を握るかを決める中間選挙の結果には、もちろん大きな関心を持たざるをえません。
注目すべきは「民主社会主義」の台頭
三牧:一方で、もう少し通史的な関心から見ると、民主党の中で「民主社会主義」という新しい潮流が台頭してきていることに注目しています。
民主社会主義の先駆者というべき存在が、バーニー・サンダース上院議員です。これまでに2度大統領選に挑戦し、現在は85歳と高齢ですが、今回の中間選挙でも民主社会主義的な考えを掲げる候補者の応援に回っています。
アメリカは歴史的には、社会主義が二大政党に並ぶ政治勢力として定着してきませんでした。アメリカはみんなが自由で豊かになる機会が保障された国である、という確固たる信念があるので、たとえばヨーロッパの国々のように、わざわざ国家が出しゃばってきて、社会を平等にするための政策を行う必要などないんだ、というわけです。資本主義に任せてさえいれば、みんな自由で豊かになる機会が満ちている、それがアメリカなんだ、という自意識が強固に存在してきました。
他の国々と比べれば、確かにそうした機会は相対的には多くあったかもしれません。しかし歴史を顧みれば、アメリカ社会にも貧困は絶えることなく存在しており、あらゆる人が豊かになる機会を享受していたわけではもちろんありません。
そして社会主義に対する忌避感については、第二次世界大戦後の東西冷戦を外して考えることはできません。
冷戦期には、敵であるソ連の政治体制として、とりわけ社会主義が持つ政治的抑圧の部分が強調されました。
ジョージ・オーウェルの小説『動物農場』が象徴的に描いているように、経済的平等を実現しようとすると、そこにも不可避的に権力が出現してしまいます。それをどうするかは確かに大きな課題です。ただ、人々が経済的平等を求めること、そして、資本主義の搾取に対抗して労働者が自由や権利を求めること自体は自然なことでしょう。
しかしアメリカでは、そういった論点はなおざりにされて、社会主義の政治的抑圧の部分ばかりが強調されてきました。
なぜ自由の国アメリカに「社会主義」が?
――長年、社会主義がいわばタブー視されてきたアメリカで、民主社会主義の動きが支持を集める背景には何があるのでしょうか。
三牧:民主党内でいま台頭してきている民主社会主義は、文字通り、民主という冠をつけた社会主義的な政策を掲げています。抑圧的な独裁体制を目指すのではなく、人々の経済的平等を目指しているのです。
今、民主党支持者の間では、社会主義という言葉に対するアレルギーもなくなってきています。そして、富裕層への増税には、具体的な課税案によっては共和党支持層でも過半数が賛成しています。また、すべての国民の医療保障を政府の責任とする考えにも、共和党支持層の約4割が賛成しています。
今年アメリカは独立250周年を迎えました。トランプ大統領は、これからもアメリカは自由で機会の国であって、共産主義など台頭させないんだ、といったことを言っています。
ただ、ほんとうに自由で機会のある国を実現するためには、やはり能動的な努力が必要なのではないか。必ずしも政府の介入だけではなく、人々の草の根の動きも含め、自由と機会の国にするための能動的なことをやらないといけないのではないか。そうした社会意識の新たな潮流が生じています。
イラン戦争による物価高と生活苦にあえぐこの国に、今ほんとうに「アメリカンドリーム」はあるのだろうか。独立250周年を前に公表された世論調査では、『努力すれば前進できる』というアメリカンドリームが今も成り立つと答えたのは、約3分の1でした。社会の中間層が崩壊してきていることがうかがえる世論調査と言えます。
このように、今まさにアメリカという国が変質してきている状況にあります。
「理想と現実の乖離」こそがアメリカ社会を動かしてきた
三牧:とは言っても、これは、いきなり社会主義的なものがアメリカに出てきたのかと言えば、そうではないのではないかと見ています。
歴史的に見ると、アメリカは平等の国だと言っても、最初は白人男性の、しかも一定以上の財産を持つ人しか享受できない平等でした。奴隷制すら抱えていた国が、普遍的な自由と平等を掲げてきたところに、アメリカの最初の皮肉というか欺瞞があるわけです。
しかしそれでも、普遍的な理念が掲げられているということは、無視できない重要性を持っています。その理念に照らすことで、差別があるこの現実はおかしいんじゃないかと声を挙げることができる。黒人差別の撤廃を求める公民権運動などがその代表例です。歴史的に見ると、アメリカという国は、現実にそぐわない理念を掲げていることを、社会変革のダイナミズムへと変えてきたのです。
したがって、民主社会主義についても、いきなりこれまでとは違う体制の主張が出てきたように見えますが、そうではなく、アメリカで連綿と続いてきた、現実と理念の乖離を克服しようとする動きの延長線上に捉えられるのではないかと考えています。
実際、先ほど触れた公民権運動でも、キング牧師は晩年「貧者の行進」を主導するなど、政治的自由だけでなく経済的な平等への訴えを強めていきました。でも結局、キング牧師が銃弾に倒れたこともあって、アメリカではずっと、黒人が投票には行けるものの、経済的な自由や平等への問いはなおざりにされたままです。
さらには冷戦終結により社会主義体制が崩壊したこともあって、経済的平等を求める動きはいったん棚上げにされてきました。それが今、時を経て、中間選挙で改めて政治的争点として浮上している。そうした構図があるのではないかと見ています。









