序章 マッキンゼーとは何者か:「ザ・ファーム」の神秘性(2)

 意外なことに、マッキンゼーには聖書より多くの矛盾があるにもかかわらず、その影響は広範囲にわたっている。会社は有名でも、内実はほとんど知られていない。マッキンゼーにいる少数の立派な社員たちが、外の世界で称賛されることはない。

 彼らは信頼されると同時に不信感も持たれており、愛されると同時に、同じ程度で軽蔑されている。彼らは強烈な自我を持つ集団でありながら、それでいて影の存在であることに満足している。自信にあふれてはいるが、同時に被害妄想的でもある。クライアントを手助けすると同時に、操作もする――内部の人間に対してさえも。

 では、彼らは実際には何をしているのだろうか。経営の専門家。企業変革のためのコスト・カッターであり、スケープゴートであり、また促進者。ビジネスマンのなかのビジネスマン。企業内の精鋭エリート官吏。かつ民間集団であり、世間の詮索の目から離れて、世界で最も権力を持つ人々のために陰で仕事をしている。

 では、どのようにしているのか。彼らの手法は、イエズス会やアメリカ海兵隊、カトリック教会になぞらえられてきた(外部の人間、また彼ら自身によって)。強い自負心を抱いている彼らは、固有名詞など必要ないと主張している。外部にとっては、彼らはコンサルティング会社だ。そして彼ら自身にとっては、ごく単純に「ザ・ファーム」なのだ。

 しかし、マッキンゼーの社史にはさらに多くの事柄が含まれている。それが物語っているのは、20世紀におけるアメリカのビジネスの繁栄と勢力範囲であり、変化する時代に対する驚くべき適応力だ。

 アメリカ資本主義は現在ストレスにさらされた状態にあるかもしれないが、現代アメリカの経営技術は――マッキンゼーが創出と普及に一役買ったものだ――その手腕はもちろん、その力により、抜きん出た存在となっている。現在のマッキンゼーは、成功して世界的な存在になった。しかし最初は、きわめてアメリカ的な会社だった。

 マッキンゼーの秘密の1つは、アメリカという国ときわめて似通っていることだ。確固たる基盤の上に適応力に富む層が広がり、そのすべてが昔ながらの幸運に恵まれている。誤解してはいけないのは、マッキンゼーはたまたま生き残ってきた組織ではないことだ。この組織は、目的があって作られてきた。しかしそれでも、歴史の偶然として、適切な時に適切な場所で作られたと言えるだろうか? イエスだとしても、グーグルやレゴ、トヨタが偶然そうだったというのと同じ程度だ。そのほかの会社は、やがて消え去ってしまう。

 マッキンゼーは、“セルフ・インベンション”という典型的なアメリカの流儀で始まった。形式的には1926年にシカゴ大学の会計学教授、ジェームズ・O・マッキンゼーによって設立されたが、後継者である伝説的なリーダー、マーヴィン・バウワーが抱いていた長年の目標は、顧客に激変する将来の課題と不確実性に対する準備をさせる新しい専門的職業を作りあげることだった。

 その当時、さらにはもっと以前からライバルも同じことを考えてはいたが、バウワーほどの規律と集中力を持ち合わせていなかった。彼は社員の外見からはじまって、採用と育成にこだわり、有名な「昇進できなければ去れ」という無慈悲な制度で選抜することで、何をするのかだけでなく、どのようにするのかにおいても、マッキンゼーを差別化した。

 コンサルタントという職業は、何世紀も前から存在している。古代中国の思想、法家の代表的人物であり皇帝の助言者であった韓非が、最初のコンサルタントだと言われている。しかしそれでも、マッキンゼーは驚くほど多くの点に関して「最初」だと主張することができる。科学的なアプローチを現実的に経営に取り入れ、仮説とデータ、証拠を用いる手法でビジネスの問題を解決した最初のコンサルティング・ファームだ。経験より若さに賭け、本当の意味で世界的な存在になろうと挑戦した最初の会社なのだ。

 1920年代の効率化ブーム、第二次世界大戦後の1940年代の巨大化、1950年代の政府合理化とマーケティングの進歩、1960年代における企業の影響力の増大、1970年代のアメリカの再構築と戦略の進歩、1980年代のIT(情報技術)の飛躍的発展、1990年代のグローバリゼーション、2000年代以降の経営破綻と清算ラッシュという歴史の流れのすべてにおいて、マッキンゼーは大きな役割を果たしている。そして今日、その影響力は非常に広範囲にわたっているため、マッキンゼー抜きで世界のビジネスを考えるのは難しくなっている。

次回の掲載は明日9月27日です。引き続き、9月20日刊行のダフ・マクドナルド著『マッキンゼー――世界の経済・政治・軍事を動かす巨大コンサルティング・ファームの秘密』の序章を公開していきます。


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