井崎さんは、このマーケティング課設置の準備段階において、自ら講師となり、マーケティングとは何かに関する勉強会を庁内で半年間開催した。「世の中にメインターゲットを設定しない組織はない」と語る井崎さんは、「全ての市民」などという抽象的存在は実際にはないこと、その市民はどんな人で、どこにいるのかを具体的にイメージし、「誰に、何を」するのかを明確にするよう、職員に何度も問いかけてきた。だが、平等や公平性の原理が染みついた行政組織の中では、こうした考え方が容易に理解されない。行政職員はターゲティングという思考に慣れていないし、受け止められなかった。

 井崎さんは、これから前例がない施策を推進していくためには、固定観念に囚われた市役所内部の職員だけでは難しいと感じた。そして民間から任期付きで、マーケティング課長、シティ・セールス推進室長、報道官の3名をキャリア採用することにした。市役所内部からの反発のすさまじさを想像していた井崎さんは、この採用にあたって「打たれ強いかどうか」を何度も確認したと言う。採用者には「絶対に打ち勝つつもりでやってくれ」とお願いした。

「行政がこんなことをしていいのか」「こんなことやらせてたまるか」という意識を持つ職員も少なくなかったという。そうした抵抗を抑えて、思い切って政策を進めなければならない。市長室のすぐ近くにマーケティング課を置いたのも、そうした意思の表れだろう。

 井崎さんは、首都圏の各都市の勢力地図を読み解きながら、流山市の戦略的ポジショニングを「都心から一番近い森のまち」と定め、これをブランド・コンセプトに据えた。流山市にはゆったりした戸建て住宅が多く、公園や緑地などの緑化資源が豊富にある。だが良質な資源もそのままでは価値が潜在化したままだ。外からどう見えるか、魅せていくか、という視点が欠けている。

 マーケティング課は、流山市が持っている森・緑、文化、健康、心地よさ、学びの機会などの資源に磨きをかけ、それらを「見える化・魅せる化」することによって、流山市の認知度と交流人口を拡大することを目標に活動を展開した。

「森のマルシェ」「森のナイトカフェ」「市民まつり・森のフェスティバル」、フェイスブックページ「森のまちに住む」など、森のブランドイメージを活かした統一的なイベント展開はそのひとつである。

 その結果、2005年度にイメージ向上のためにゼロからスタートしたイベント参加者数は、2012年度には12万人まで拡大、市外からの来場者比率も5割にまで拡大した。

 当然だが、マーケティング課単独では大きな事業はできない。流山市は、庁内に横串のプロジェクトチームを作り、事業に広がりを出すようにしている。

 また企業との連携にも積極的だ。システム手帳で有名な会社と連携して、時間の使い方や計画に関する学びのワークショップを開いたり、スポーツクラブと共同でキッズダンスのイベントを催したり、生命保険会社と連携してライフプラン講座を開くなど、各企業の持ち味をうまく引き出しながら住民誘致対象である若いファミリー向けに学びの機会を作り出している。さながら、キッザニアが街を舞台に飛び出したような格好だ。