さて、この回以外も、いくつかの婚活パーティーに潜入した結果、女性は男性に対し所得や肩書き、そして容姿の良い男性を望み、男性は容姿の良い女性を求めてやってくるというところはまったく変わらなかった。

 単純に、成立するカップルの数を増やすことが参加者の最大幸福だと仮定した場合、これでは「収入の高い男性」「肩書きの良い男性」「容姿の良い男性」と「容姿の良い女性」の組み合わせしか生まれず、そういう人はこんな場所に来なくてもモテるわけで、するとこのパーティーはいったい誰が得をする場所なのだろうと考えてしまうのは僕だけだろうか。

 いわゆるギャンブルやパチンコなどはたまに勝負に勝って得をすることもあるが、最も得をするのは主催者である。ひょっとしたら良い思いができるかもしれないと思って射幸心を煽られて、参加者がお金を落とすというシステムは、ギャンブルにお金を落としたくなる心境と同じなのではないだろうか。昨今の街コンブームにも、どうもそのような要素がある気がする。

トロフィーワイフを求めても
あなたに幸福は訪れない

 このようなことが起こってしまうのは、僕たち人間が欲深いからである。この場合の欲求はまさに承認欲求だ。世間からうらやましがられるような異性と交際し結婚すれば、結婚相手から愛されることで満たされ、周囲の人間関係からはうらやましがられ、二重の承認を満たすことになる。

 トロフィーワイフという言葉がある。社会的地位のある男性が、自らの地位を誇示するため、周囲からうらやまれるような若くて綺麗な女性と結婚するという状況を指すようだ。当人は周囲からの承認も得られ、欲求を満たしているつもりかもしれないが、しかしそういう欲求を求める人は、必ず乾きを感じてしまう。若さは必ず失われてしまうし、そうでなくても周囲は既視感を覚えるはずで、やがて誰もうらやまなくなるだろう。

 個人的な趣向で、どうしても容姿が良い人が良い、あるいはライフプランとしてある程度安定した収入の見込みがある異性が良い、というのは仕方がない面もある。しかし問題なのは、純粋に美人な彼女が好きなのか、美人な彼女を周囲に見せびらかせたいから交際するのか、という問題だ。後者ならそのお付き合いは破綻する可能性が高い。