「伊東に行くならハトヤ、電話は良い風呂~♪」、昭和30~40年代にお茶の間に頻繁に流れたあのCMソング(野坂昭如作詞、いずみたく作曲)がいまなお耳に残る方も多いことだろう。

 しかし、今「伊東に行くなら」と問われれば、ホテルサンハトヤで「決める」のはなかなか難しい。当時、社員旅行や宴会需要を満たすために作られた劇場形式のレストラン(600人収容)や宴会場(20カ所)、駐車場(200台)などはどれもが大型観光向けで、現代の多様化、個別化する日本国内のニーズをカバーするものではなくなったからだ。

 ところが、である。サンハトヤは“昭和の遺産”ではなかった。エントランス脇に掲げられている歓迎看板には中国や台湾の企業名がズラリ。筆者が訪れた日は「中国アウディご一行様」もあった。聞けば10年前から台湾からの訪日客を取り込み、08年を前後して中国大陸からの訪日客に支持されつつあるという。

 エントランスやメインロビーのデラックス感は今となっては古めかしく、各施設の内装には昭和趣味が現存する。だが、視点を転じればこれこそが訪日客のストライクゾーン。目前の海に手を叩き、海底温泉、サウナ、カラオケと広いホテルを回遊して喜ぶ中国人団体客の姿が目に浮かぶ。

 ゴールデンルート(東京-大阪)を外れて伊豆半島に観光客を引き込むのは至難の業。にもかかわらず、「劇場+食事」を売りに、台湾や中国からの訪日客は年間200万人にまで増えた。

 日本のホテル業界が直面する顧客のグローバル化。すでにASEANからの訪日観光需要は20年以上前から高まっていた。しかし、当時は圧倒的多くのホテルが「顧客は日本人、欧米人だけでいい」とし、ASEANからの需要に背を向けた。「マナーの悪さ」が壁だった。アジアからの訪日客を取り込んだ結果、日本人顧客離れをもたらすのではという懸念もあった。

 舵取りを大きく転換させたホテルも存在した。新宿界隈で言えば、新宿プリンスホテル、ワシントンホテルなどがそれだ。

 2000年代に入ると、経済環境も大きく変わった。中国からの訪日客が旺盛な消費力をつける一方、国内市場は軒並み縮小した。アジアからの訪日客を取り込んだホテルと背を向けたホテルの、その差はますます広がった。

 ワシントンホテルを経営する藤田観光は今年1月1日、中国営業部が発足した。同月末には上海に事務所を開設。「今年はPET検診(がんの早期発見法)の受け入れも始めます。グループ企業が持つビジネスホテル、リゾート型宿泊施設、婚礼、宴会の豊富な商品を、積極的に現地セールスしたいですね」と中国営業部長の飯野満氏は語る。