TSMCで働くことの羨望と過酷…台湾で「肝臓を売りに行くようなもの」とささやかれる理由写真はイメージです Photo:PIXTA

世界的な半導体不足を背景に、一躍その名をとどろかせた台湾の半導体メーカー・TSMC(台湾積体電路製造)。「脱中国」のサプライチェーン再編とともに、米国や日本に拠点を設け、近年はいっそう身近な存在になった。今年2月には熊本工場が完成し、日本人も親しみを寄せる台湾企業だが、その経営はかなりドライ。“多産多死型の産業”に台湾の市民も複雑な心境をのぞかせている。(ジャーナリスト 姫田小夏)

半導体産業、カギを握るのは人材
台湾人にとってのTSMCとは

 世界の半導体受託製造で世界の 6割以上のシェアを持つ台湾、その頂点にあるのがTSMCだ。同社ホームページに書かれた企業理念(繁体字版より一部抜粋)にはこうある。

「私たちのターゲットは世界市場です。集積回路は国境を越える産業であり、世界市場での競争力の確立に目を向けなければ、競争どころか台湾での生き残りも危うい。多元的な文化ニーズに応えるため、人材採用については国籍を問わず行っています」

 この一文だけでも、同社は台湾の一企業ではなく、世界を股に掛けた国際企業であることがわかる。今ほどの企業に成長できたのも、優れた人材に恵まれてこそだ。

 TSMCのみならず、台湾の半導体産業は、台湾の名門大学からえりすぐりの人材を招き入れ、それ以外の教育機関からも優れた技術者やエンジニアを集めてきた。台湾の場合は、米国に留学して大学で技術や言語を身に付ける子女も少なくなく、こうした人材が今に見る「国際企業」を実現させたといえるだろう。

 TSMCの創業者であるモリス・チャン(張忠謀)氏こそが、米国に学んだその人である。1931年に中華民国時代の浙江省で生まれた。48年に香港に移住すると、翌年に米ハーバード大学に入学し、2年生でマサチューセッツ工科大学(MIT)に編入した。卒業後は米電気機器メーカーに入社。58年に半導体企業のテキサス・インスツルメンツに転職し、83年まで同社に在籍した。その4年後に、台湾で設立したのがTSMCだ。

 2023年秋、母校のMITで行った講演でチャン氏は、台湾の半導体産業が成功した一番の理由について、「優れた人材の集積」を真っ先に掲げた。常に人材不足と背中合わせの半導体産業では、後にも先にも人材確保がカギを握る。

 一方、台湾の人々にとって、TSMCに採用されることは「一門の誉(ほまれ)」でもある。しかし、そこには複雑な心理が見え隠れする。