チェス――王者たちのゲーム
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バイス・プレジデント
スキルや戦略に加え、一般的には(レベルの高い試合では)少しばかりの運が必要とされるゲームだ。
ディエゴ・ラスキン・グットマン著『チェス・メタファー』によると、8手先まで読んだ場合、その指し方は銀河系にある星の数に匹敵するそうだ。また、同書には、初手から最終手までの可能な指し方のバリエーションは宇宙に存在する原子の数より多いとある。
――ネイト・シルバー『シグナル&ノイズ』(日経BP社、2013年)
チェスは典型的なビッグデータの問題だ。ディープ・ブルーは、無数の指し手やパターン、試合内容のデータを高速処理するコンピューターならではの能力を生かして、世界最強のチェス王者に勝つためにプログラムされた。
人間vs.マシン。ガルリ・カスパロフは1996年、世界初の「人間vs.マシン」の対局に臨んだ。カスパロフがディープ・ブルーに4対2で勝利を収めたことにより、人間の優位性はしばらく保たれると思われた。しかし1年後、優秀なプログラマーたちによって多くの改良を施されたディープ・ブルーと再び対局が行われる。そして、世界中がディープ・ブルーの勝利に驚愕することとなった。同時に、「人間vs.マシン」をめぐる議論において、カスパロフの敗北は重く受け止められるようになった。事の次第は以下の通りだ。
1997年5月3日、第1回戦
カスパロフは攻撃的なスタイルで知られていた。また、彼は絶頂期にあった。彼はディープ・ブルーが改良されたことを知っていたが、どこがどう強化されたかまでは知らなかった。そのため最初の14手は、両者とも相手の駒を取り合わなかったばかりか、驚くべきことにカスパロフの駒もチェス盤の3列目以下にとどまっていた。つまりボードの中央では何も起こっていなかったのだ。カスパロフはおそらく相手の出方を探っていたのだろう。
やがてカスパロフは駒を献上する作戦に出る。ディープ・ブルーの反応はどうだろうか。そう、駒を取ったのだ。次に(似たような駒同士による)駒の交換を促すと、ディープ・ブルーはまたもや駒を取った。
しかしカスパロフは特定の戦略にこだわらなかった。いろいろな戦略を駆使しながら、チェス盤のあちこちで駒を動かし、ディープ・ブルーは混乱していた。専門家は後に、ディープ・ブルーの無駄な手を分析している。ある時点でビショップ(僧侶)を動かし、次の手では元の位置に戻していた。これは勝つための戦略とは言えない。