イラクで急速に支配地域を広げるイスラム過激派組織「イラク・シリア・イスラム国」が「カリフ制イスラム国家」を建国するという。民主主義・自由主義を否定し、ジハード(聖戦)の旗を振る。イラク北部からシリアに広がるこの地域は、世界にイスラム革命を輸出する拠点になりそうだ。「民主国家の建設」を旗印にサダム・フセインを攻め滅ぼした米国が残したのは「テロの温床」だった。
圧倒的な武力・経済力を持つ支配者に、貧民が捨て身の戦いを挑むのは世界史で繰り返される光景だ。旧ソ連の崩壊で共産主義が世界から消え、民主主義・市場原理が「普遍的価値」として語れるようになったが、イスラム過激主義が新たな対立軸として現れた。
中東から起った世界秩序への反逆は、やがて世界の成長センターを脅かすことになりかねない。
巨大なブラックボックスの誕生
「イラクは既に分断されている。我々は独立を目指す」。イラン北部のクルド自治区のバルザニ大統領は、独立の是非を問う住民投票を数ヵ月以内に実施することを表明した。ウクライナと似た状況がイラクで始まっている。
「イラクは三分割しかない」と言われるようになった。現政権の基盤であるイスラム教シーア派、反政府勢力のスンニ派、北部のクルド族。3つの勢力が支配地域を分け合うことでしか収拾策はない、という。
誰が三分割協議を話し合う場を設定できるのか。国と国の争いなら休戦協定を結び、和平への道筋を探ることが可能だが、国境をまたぐイスラム国を宣言し、民主主義や民族主義を否定するスンニ派の過激派組織と、人口の三分の二を押さえ政権を握るシーア派の話し合いができるのか。
問題は石油だ。イラクの地下には世界最大級の埋蔵量を誇る原油が眠っている。イラクの石油権益をだれが握るかは死活問題だ。油田は南部のシーア派支配地に集中している。北部にはキルクーク油田があるが、スンニ派武装勢力がシーア派政権への攻撃に力を注いでいる最中、クルド勢力が侵攻して支配下に置いた。分離独立を見据えた行動だろうが、三分割となればキルクーク油田を巡り、スンニ派とクルド族とが争う事態も起こりかねない。
アラビア半島からアフガニスタンまで、古代の文明が栄えた地域に、欧米が築いた近代の価値に挑戦する巨大なブラックボックスが生まれようとしている。