八面六臂はIT(情報技術)をフル活用する鮮魚流通ベンチャーである。市場規模3兆円ともいわれる鮮魚流通業界では、旧態依然とした仕組みが根強く残り、新規参入者も少なく停滞感が漂う。八面六臂はあえてそんな業界に斬り込んだ異色の挑戦者である。常識を覆すその戦略とは何か。「圧倒的なユニークネス」と「多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン」という一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載第6回前編。(企画構成:荒木博行、文:荻島央江)
※この記事は、GLOBIS.JP掲載「“鮮魚流通のアマゾン”を目指す 前編―八面六臂・松田雅也社長(バリュークリエイターたちの戦略論)」の転載です。
「ライバルですか? アマゾン・ドット・コムです」
八面六臂の創業者で社長の松田雅也は、競合相手を聞かれるや否や、世界一のネット通販企業の名を挙げた。
八面六臂(本社・東京都新宿区、資本金1億8580万円、非上場)は2011年4月に現在の事業をスタート。社員数約40人のベンチャーだ。その社名を聞いただけでは、同社が鮮魚流通を生業としていることに気づく人はいないだろう。
「松田水産じゃ格好悪いじゃないですか。ただ八面六臂という言葉の意味に、特別な思いを込めたわけではない」と松田は言う。八面六臂とは、いろいろな方面で目覚ましい活躍をするという意味。同社はその名の通りの躍進を続けていることは確かだ。
「鮮魚×IT」で
鮮魚卸・流通業界に新風吹き込む
八面六臂が手掛ける事業は、松田の言葉を借りて「鮮魚流通のアマゾン・ドット・コム」と言うのが分かりやすい。全国各地から仕入れた水産物をIT(情報技術)と物流を駆使し、顧客である飲食店に届ける。旧態依然とした鮮魚卸・流通業界に新風を吹き込んだ注目企業だ。
従来の流通経路の場合、鮮魚は漁業者から漁業協同組合、産地市場、消費地市場(東京で言えば築地市場)、納品業者を経由して、飲食店や消費者にわたる。仲介業者が多いためどうしても魚の鮮度は落ち、人件費などのコストがかさみがちだ。
それに対し、同社は、漁業者や中間流通業者から自ら鮮魚を買い付け、飲食店に販売する。漁業者のみならず、漁協や産地市場などとも提携しているのが、一般的な産地直送モデルにはない特徴だ。
中間業者を排した産地直送モデルでは漁獲量の変動によって品薄・価格高騰などの影響を受けやすい。その点、複数のルートを確保しておけば多種多様な品種の新鮮な魚を飲食店に安定供給できる。また、中間業者とも手を結ぶことで既得権益者の抵抗も減る。多くの中間業者は、八面六臂を、既存の市場のパイを奪い合う競争相手というより、むしろ自分たちの手が行き届かなかったところを開拓してくれる良好な取引相手と認識しているという。