消えたエクセレント・カンパニーの謎

 ご存じの読者も多いと思いますが、『エクセレント・カンパニー』で卓越した企業として紹介された何社かは、すでに消滅しています(ワング、DECなど)。

 ピーターズたちの指摘の限界は、あくまで成功したあとの巨大企業の共通点を分析したことであり、組織肥大に伴う落とし穴を避けることが提言の中心になっていたことです。このことは、次の2つの「重大な死角」を生み出していると本書では考えます。

(1)8つの特質は成長の原動力ではない

 卓越した企業の特質は、企業が小さなベンチャーから大きく躍進する、成長の原動力を提示したものではなく、巨大企業になったのち、失速を防ぐ対策であった可能性が高いこと。

(2)技術革新の速い分野では八つの特質も意味をなさないときがある

 社員への堅牢な動機づけに成功していたIBMも、パーソナルコンピューターの台頭に出遅れて、1991年には倒産を噂される窮地に直面します。技術革新の速い分野では、イノベーションで過去製品の強みが失われる変化が起きやすく、特にそのような業界では8つの特質だけでは成功を続けられない場合が多いのです。

『エクセレント・カンパニー』の8つの特質は、あくまで提言が効果を発揮する条件で追求される必要があります。ピーターズたちが“成功後の”卓越した企業の姿を分析した、そのアプローチも、この提言の限界を生み出した要因の一つだと考えられるのです。

小企業の大胆な実行力と、社員を熱狂させる意味づけ

 活用条件が限定されても『エクセレント・カンパニー』の貴重な提言が輝きを失うわけではありません。むしろ、適用範囲の明確化で効果はより高くなる可能性があります。

『エクセレント・カンパニー』が教えてくれるのは、企業規模が大きくなることで専門性を失い、俊敏さが破壊されて「のろま」になることへの防止策と、人が増えることで、規模が小さかったときの仕事への熱狂や強い動機が消えることへの対策です。

 巨大組織でも、成長する小企業の大胆な実行力を常に目指すこと、全社員が仕事に熱狂できる適切な意味づけを与え、企業文化に取り入れることは、エクセレントな企業であり続ける最重要ポイントであると言えるでしょう。

※この記事は、書籍『戦略の教室』の原稿を一部加筆・修正して掲載しています。


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著者紹介

鈴木博毅(すずき・ひろき)
1972年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒。ビジネス戦略、組織論 、マーケテイングコンサルタント。MPS Consulting代表。貿易商社にてカナダ・豪州の資源輸入業務に従事。その後国内コンサルティング会社に勤務し、2001年に独立。戦略論や企業史を分析し、新たなイノベーションのヒントを探ることをライフワークとしている。日本的組織論の名著『失敗の本質』をわかりやすく現代ビジネスマン向けにエッセンス化した『「超」入門 失敗の本質』(ダイヤモンド社)は、戦略とイノベーションの構造を新たな切り口で学べる書籍として14万部を超えるベストセラーとなる。その他の著書に『企業変革 入門』『ガンダムが教えてくれたこと』『シャアに学ぶ逆境に克つ仕事術』(すべて日本実業出版社) 、『空気を変えて思いどおりに人を動かす方法』(マガジンハウス社)などがある。