写真 加藤昌人 |
蛇腹を挟んだ左右の板に、数十ものボタンの形をした鍵盤が不規則に並ぶバンドネオン。アコーディオンよりはるかに音域が広く、蛇腹を押すときと引くときでは同じ鍵盤を押さえても異なる音になる。アルゼンチンタンゴの主役でありながら、奏法があまりにも複雑なため、「絶滅寸前の楽器」といわれてきた。
出会いは14歳。タンゴミュージシャンの両親が、知人のために購入したものの、引き取られずに自宅に残った。教本もなく、ましてや指導者もいない。「型にはめられることのない自由さに引かれた」。
どの鍵盤をどの指で押せばいいのか。運指さえ試行錯誤の連続だった。アルゼンチンから来日した演奏家の宿泊先までなんの紹介もなしに押しかけ、アドバイスを請うたこともある。
楽譜も手に入らない。レコードをすり切れるまで聴いて自分で採譜した。10年にも及ぶ独習。その飽くなき情熱を傾け、結実させた演奏は、タンゴの旋律が放つ独特の哀愁と情念を増幅させる。CDデビュー後の南米ツアーでは、観客の熱狂的な歓声に包まれた。
デビュー10周年を迎えた今年、初めて全曲自作のアルバムをリリースした。演奏家から作曲家へ。フィールドを広げることが、タンゴの認知度を高めることにつながる。失敗すれば、築いた名声が地に落ちることも承知している。戦う音楽家である。
(ジャーナリスト 田原 寛)
小松亮太(Ryota Komatsu)●作曲家・バンドネオン奏者。1973年生まれ。14歳から独学でバンドネオンを学ぶ。1998年アルゼンチンのトッププレーヤーと協演した「ブエノスアイレスの夏」から、2008年初の全曲自作の「コラボレーションズ」まで9枚のアルバムをリリース。難病・ムコ多糖症の患者を支援している。