素裸のままでプラスティックのバケツを見下ろしながら、しばらく考えた。バスルームに隣接する台所には、大きな鍋が置かれていた。おそらく日本人は入浴の際にお湯を欲しがると聞いていたファラースが、鍋で沸かした湯を、せっせとバケツに入れてくれたのだろう。

 隅に置かれていた石鹸の欠片で頭と体をこすり、バケツ3つ分のお湯で洗い流した。石鹸とファラースの優しさが目にしみる。

被虐の意識は連鎖する。報復は続く

 翌日は金曜日。イスラムの休日だ。8時ごろに兄弟たちはもぞもぞと起きだした。パイプ椅子を持って路上に出て、往来を眺めながらコーヒーを飲む。通りすがりの男たちが声をかけてくる。夜も朝も、イスラムの男たちはとにかくおしゃべりだ。

 コーヒーのお代わりを注いでもらいながら、昨夜、どうしても言いだせなかったことを口にする。

「イスラエル・パレスチナ問題についてだけど、イスラエルを強く支持するアメリカと日本が現状の関係である以上、日本政府はよほどのことがないかぎり、イスラエルを非難しないと思う」

 ムーサは静かにうなずいた。その横では椅子に座ったオマルが、じっと路上の一点に視線を落としている。

「仕方がない。日本だけじゃない。多くの国がアメリカを恐れている。でも政府がそうだからといって、国民がそうだとは限らない」

 そう言ってからムーサは、そうだろうというように僕の肩を軽く叩く。顔を上げて空に目をやってから、今日も暑くなるなとファラースが言った。