弱さと正反対の賢明さとは?

 弱さを克服し、正しい判断をする。とはいえ、どうやってそれを実践すればいいのか?

 それが人間の本質である限り、そう簡単に抑制できるものではないはずです。ここでスミスは、弱さとはまったく正反対の賢明さに着目します。いわば野心によって世の中を繁栄させると同時に、その歯止めのような形で、理想の秩序をもたらす役割を人の「賢明さ」に課そうとするのです。

 注意しなければならないのは、決して弱さを捨てろと言うのではない点です。むしろ、弱さを推進力として、賢明さによって歯止めをかけていく。

 人間は弱いものです。しかし、賢明さを備えているのも確かです。フランスの思想家パスカルの明言「人間は考える葦である」を引くまでもなく、それこそが人間の本質、人間が人間たる理由といってもいいでしょう。葦のように弱くても、人間には考えるという理性が備わっているのです。したがって、弱さをいかに賢明さで飼いならすか。すべてはそこにかかっているのです。

 この問題はスミスの時代以上に、資本主義が行き着くところまで行き着いた現代社会にとっては喫緊の課題ではないでしょうか。虚栄は手放しでいいものとはいえないけれども、いい方向にもっていくことは可能だということです。うまく飼いならせば大きなエネルギーになりうる、そのベクトルさえ変えてやれれば成功への扉が開かれうる、という大胆かつ斬新な提言といえるでしょう。

※本文中における『道徳感情論』からの引用は、水田洋訳、岩波文庫上・下巻(上巻14刷・下巻13刷)を底本として、「スミス上/下」と該当ページ数を示しています。