経営×ソーシャル
おもてなしで飯が食えるか?
【第5回】 2014年12月10日
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山口英彦 [グロービス マネジング・ディレクター、ファカルティ本部長]

マーケティングが苦手な「おもてなし」の扱い方【前編】

受け手の認知にこだわらないのが、おもてなし

 おもてなしに関わる人々のマインドについて、もう1つ。通常の製品やサービスの販売では、企業側が提供した製品やサービスの便益を、顧客側が認識して初めて価値が生まれます。ところがおもてなしの場合、もてなす側が自身の営み1つ1つに顧客が気づくことに必ずしもこだわっていません。

 例えば有名ホテルのバーテンダーの中には、お客さまの前にドリンクを置く時、1杯目は右斜め前の定位置に置くものの、2杯目以降は置き場所をさりげなく変えている場合があるそうです(※1)。顧客は無意識のうちに自分が飲み易い場所にグラスを置くので、バーテンダーは位置を覚えておいて、2杯目以降はその場所にそっと戻す訳です。多くのお客様は気づかないでしょうが、バーテンダーの方もわざわざお客様に知らせる行動はとりません。居心地よい時間を過ごした結果、お客様が最終的に「今日は良い時間を過ごせた。またこの店に来よう」と思ってもらえば、もてなす側の目的も達せられたと考えます。

 もし、もてなす側が自分のおもてなしを受け手に認知される点にこだわっているのであれば、欧米のチップを渡す・受け取る習慣が日本でももっと浸透していたことでしょう。(時々「日本にも昔から心付けの習慣があった」と言われますが、筆者は心付けとチップは本質的に異なると考えています。詳細は別の機会に…。)チップをもらうには、もてなす側が供した便益が顧客にその場で認識されることが前提ですが、先述のバーテンダーのように日本でおもてなしに携わる人達は、いちいち「私はあなたに心遣いしていますよ」とアピールすることは野暮だと考えているようです。むしろ「伝わらないくらい、さりげない方が美しい」と信じている印象を受けます。

 というのも、おもてなし現場でインタビューしていると、「もてなしの達人」と称されるような人物が「こちらの気遣いを察知したお客様が、心理的に負担を感じるようなことは避けたい」とおっしゃる場面にしばしば遭遇します。そこで、ある有名旅館の女将に「もてなす側がいろいろと気遣ったのに、受ける側がその価値をわからないまま過ごしてもいいのか?」と問い返したところ、「旅館とお客様との相性もあります。私共は部屋のしつらえや食事のタイミングまでお客さまのことを想ってサービスさせて頂きますが、その良し悪しを評価されるのはあくまでお客様です。結果的に旅館の良さに気づいて下さるお客様は、私共との相性が宜しかったのでしょう」という回答でした。言葉を選ばずに言えば「わかる人にわかればいい」という割り切りが、その女将の主張だったように思います。

 つまり「相手が気づく」ことを前提にして提供するのが通常の商品・サービスだとすると、おもてなしは「相手に気づかれなくても構わない」、あるいは「気づかれないほど、さりげない方が良い」「それでも、わかる人にはちゃんと伝わるだろう」といった考えで供されることが多いのです。

※1「帝国ホテル サービスの真髄」(国友隆一著、リュウ・ブックス アステ新書)

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山口英彦[グロービス マネジング・ディレクター、ファカルティ本部長]

東京大学経済学部卒業、ロンドン・ビジネススクール経営学修士(MBA、Dean's List表彰)。 東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、ボストンコンサルティンググループ等を経て、グロービスへ。現在は同社の経営メンバー(マネジング・ディレクター/ファカルティ本部長)を務めながら、サービス、流通、ヘルスケア、エネルギー、メディア、消費財といった業界の大手企業クライアントに対し、戦略立案や営業・マーケティング強化、新規事業開発などの支援・指導をしている。また豊富なコンサルティング経験をもとに、経営戦略分野(新規事業開発、サービス経営、BtoB戦略など)の実務的研究に従事。米国のStrategic Management Society(戦略経営学会)のメンバー。 主著に『法人営業 利益の法則』(ダイヤモンド社)、『サービスを制するものはビジネスを制する』(東洋経済新報社)、『日本の営業2011』(共著、ダイヤモンド社)、『MITスローン・スクール 戦略論』(共訳、東洋経済新報社)。


おもてなしで飯が食えるか?

オリンピック招致の最終プレゼンを契機に、各所で注視されている「おもてなし」。日本人の細やかな心づかいを製品、サービスに反映させて収益向上につなげようと考える企業は多いと思うが、そこに落とし穴はないか?グロービス経営大学院の山口英彦が近著『サービスを制するものはビジネスを制する』のコンセプト等も反映させながら問いかける。

「おもてなしで飯が食えるか?」

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