イノベーションとは何か
私は、MITのエド・ロバーツ教授のイノベーションの定義(註6)に修正を加えて、次のように定義しています。
イノベーション=発明 × 商業化
イノベーションは「発明と商業化の総計」というより、提供される製品やサービスそのものの変革を指すと考えています。発明だけ(商業化=0)でも、あるいは商業化(発明=0)でも、イノベーションは成立しないからです。
(註6)Edward B. Roberts, “Managing Invention and Innovation,” Research Technology Management 31, no. 1 (January/February 1988): 13, ABI/INFORM Complete.
発明(アイデア、技術、知的財産)は重要ですが、起業家が発明をする必要はありません。イノベーション主導型企業のもとになる発明の多くは、第三者の手によるものです。たとえば、スティーブ・ジョブズは他人の発明をアップルで商品化して成功しました(ゼロックスPARCによるコンピューター用マウスは有名)。また、ウェブ上のキーワード広告であるアドワーズを開発したのはオーバーチュアですが、それを主な収入源として商業化に成功したのはグーグルです。
これらの例からわかるのは、発明を商業化する能力こそが、真のイノベーションには欠かせない、ということです。つまり、起業家の主な役割は「商業化の媒介」なのです。
私は、意識的に“テクノロジー主導の起業”という言葉は使わないようにしています。テクノロジーに限らず、プロセスやビジネスモデルやポジショニングなどを通じてもイノベーションは実現できるからです。
なかでも、現代のもっとも刺激的なイノベーションは、ビジネスモデルによるものです。グーグル、iTunes、セールスフォース・ドットコム、ネットフリックス、ジップカーなど、枚挙にいとまがありません。もちろん、ビジネスモデルの革新を可能にするのはテクノロジーです。
ジップカーは、鍵なしで解錠・施錠できるキーレスエントリーの技術がなければ、多くの会員ネットワークを維持できないでしょう。しかし、同社のコアとなったのは、レンタカーを、遠くの地を訪れるための一時的な移動手段ではなく、車を所有する代わりの選択肢として位置づけたことでした。このようにビジネスモデルの革新で成功するには、顧客にとって〝コラボ消費〟が何を意味するかを理解しなければなりません。
テクノロジーがコモディティ化するにつれて、それを活用するビジネスモデルが現れるのです。 いまだコモディティ化されていないエネルギー貯蔵、電力工学、無線通信などの分野では、テクノロジー主導によるイノベーションの機会が今後もたくさんあることでしょう。しかし、その類の革新だけがイノベーションの定義に当てはまるわけではないのです。