23日午後5時、社長交代の記者会見が始まった。いつものはっきりとした話しぶりとは裏腹に、カメラが捉えたのは、うっすらと浮かんだ伊東社長の涙だった。

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「09年に前任の福井(威夫・6代目社長)より、社長を引き継ぎました。08年に起こった世界同時不況からの回復の兆しが見えない中、すでにホンダで進んでいた、さまざまな領域における事業の選択と集中を敢行して、生き残りのために大きくかじを切りました」

 リーマンショック直後に登板した伊東社長は、おそらくは危機を変革の好機と捉えて、それまでの先進国偏重の開発体制から、一気に新興国開拓に重心をシフトした。「米国一本足打法」からの脱却である。伊東社長は会見で本誌の質問に対し、こう話し始めた。

「社長になりたてのときは世界同時不況という相当厳しい環境下で、個人的にはかなり鍛えられたなと思っております。まあ、がむしゃらに最初の走り出しをやったわけです」

 福井前社長に後継を打診された際、ホンダの開発部門である本田技術研究所(以下、研究所)の社長を兼務させてほしいと条件を提示。最初の1年間は研究所の社長も兼務することで、技術開発の優先テーマを大型エンジンから小型にシフトするなど、あらゆる技術の棚卸しと整理、開発順序の総入れ替えを進めた。

 会見の冒頭では次期社長の八郷常務も、「前任の福井さんから社長のバトンを受け取られた伊東さんは、困難を乗り越えてさまざまな領域において大ナタを振るい、改革を行われました」と評した。