1.高学歴であろうとも
「使えない社員」はお呼びではない

 一般的な企業では、新卒の採用時に学歴を重視するウェイトが大きい。そもそも、その学生を判断する材料が少ないからだ。しかし入社して、キャリアを5~10年と積んで行くと、人事評価は通常の場合、相対的に決まるようになる。たとえば、評価期間中に上げた実績に始まり、部署や仕事への適性、今後の伸びしろ、さらには同僚らとの人間関係、部署への貢献度、そして同世代の社員との比較など、広い視点によってランクがされる。これがホンネのところだろう。つまり、高学歴であろうとも「使えない社員」はお呼びではないのだ。

 人事評価には、運・不運があるのかもしれない。無念な思いや怒り、嫉妬などもあるのかもしれない。「スナックM」に通った高学歴の社員たちにもまた、「なぜ、自分が社内でもっと活躍できないのか」といった不満があったに違いない。マスターとの学歴をめぐる掛け合いで見せる「乾いた笑い」は、きっとそんな屈折した思いを秘めていたからなのだろう。客が心から愉快な気分で笑っているとは、筆者には見えなかった。

 これが、企業社会のホンネなのである。つまり、学歴というはるか昔の「結果」ではなく、「今、どうなのか」が真っ先に問われる。そこで芳しい結果を出すことができていない人は、過去の栄光にしがみつく傾向がある。輝いていた自分を取り戻そうとすることで、心のバランスを保とうとするのではないか。実は、バランスを保つためには「今」の世界で結果を出すしかないのだが、それができない。だからこそ、もがき苦しむ。そして「スナックM」のような店に駆け込む。

 こうした生き方が全面的に悪いとは、筆者は思わない。しかし、会社員として前途が明るいとは到底思えない。むしろ、厳しいように思えて仕方がない。マスターは、その弱り切った「高学歴会社員の心」に目をつけた。ホンネとタテマエの間で苦しむ社員たちは瞬く間に餌食となった。マスターからすると、まさに「人の不幸は蜜の味」なのである。