経営 X 人事
若手社員を辞めさせず成長させる 「適度なかまい方」マニュアル
【第22回】 2009年11月12日
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間杉俊彦 [ダイヤモンド社 人材開発編集部副部長]

ブラザー・シスター制度を公募型に切り換えたアサヒビールの「かまい力」

~教えられる側と教える側の両方を経験した若手社員に聞く

 担当エリアでの自分の営業に同行させることから「指導」をスタート。杉並区内の酒販店と飲食店を訪問し、顧客との顔つなぎをしながら、仕事の手順を教え、商談の呼吸を学ばせたといいます。

 「新人がひとりで営業に出るようになるのは、1ヶ月ほど経ってから。そこからは日報を書かせて、毎朝、その日その日の営業スケジュールを打ち合わせて、あとは1人で行動させます。特別なことはあまりしませんでした。1から10まで教えているようでは、自主性も生まれません。これは、2年前の私のブラザー役と基本的には同じことです。困って電話をかけてきたときも、あえて答えは先に言いませんでしたね。自分で考えて対処して欲しかったからです」

 支社の営業マンは、大雑把に言って午前中に酒販店を回り、午後は飲食店を訪問します。夜もビールを飲みながら、店のニーズを探ることは大事な仕事の一部です。

 しばらくすると、駒田さんは新人に課題を与えました。

 「酒販店さんと飲食店さんを、1日に50軒回れ、と指示しました。彼が最初に言ったのは、“それは無理です”、でした。もちろん高いハードルですが、ちょっと驚きました。やる前から、そんなこと言うなよ、と思いましたね」

 それでも新人は、過酷な営業を開始しました。

 「けっこうがんばって回っていました。もちろん、そのときどきにアドバイスをしました。最初は頼りなく見えた後輩ですが、けっこうがんばる人間だと気づきました。タフなのか、鈍いのかはわかりませんが(笑)」

ブラザー期間中に
生まれた成功体験

 ビール営業で最も重要な課題の1つは、飲食店で他社製品からアサヒの製品に切り換えてもらうことです。

 「私自身、2年前に指導を受けたときに、“1店は切り換えてこい”と宿題を与えられました。結局できなかったのですが、ブラザーのほうも“多分、無理だろうな”と思っていたはずです」

 駒田さんは自分がそうだったように、ブラザーとして新人に「ブラザーとしてついている間に、1店は切り換えること」と指示を出しました。

 「“どうしてアサヒを扱ってくれないんでしょうね~”と相談されて、“自分で考えろ”と言いながらも、時には“自分ならこうするな”とアドバイスしたりしました。私もそうだったのですが、“辛くて辞めたい”というようなことはなくて、カベを越えたいけれど越えられない、というポジティブな悩みだったと思います」

 驚いたことに、新人は苦労の末に結果を出しました。ある店で、切り換えに成功したのです。出藍の誉れ、というべきでしょう。

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間杉俊彦 [ダイヤモンド社 人材開発編集部副部長]

1961年、東京都生まれ。1986年 、早稲田大学第一文学部文芸専修卒業、ダイヤモンド社入社。週刊ダイヤモンド編集部に配属され、以後、記者として流通、家電、化学・医薬品、運輸サービスなどの各業界を担当。2000年 週刊ダイヤモンド副編集長。2006年 人材開発編集部副部長。著書に『だから若手が辞めていく』(ダイヤモンド社刊)

 


若手社員を辞めさせず成長させる 「適度なかまい方」マニュアル

若手社員はなぜすぐに辞めてしまうのか――。放置プレー上司が多い中、早期離職を防ぐためには、若手を「“適度に”かまう」ことが大切。部下を辞めさせることなく成長させる人材マネジメントのノウハウを伝授する。

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